48歳からの挑戦

47歳で脱サラ、48歳で起業したおじさんの奮闘ぶりをご紹介しています

家族

本日は義弟と一緒に叔父宅にお邪魔しました。

この叔父、母の弟で、母とこの叔父との間に叔母がいて、叔父の近くに住んでいます。

今回は、叔父とその奥さん、叔母、義弟、私の5人で食事会。

そもそもが叔父と義弟と3人で兼ねてから「一緒に飲もう」と言っていた話が、やっと実現したものです。

前にも触れたかもしれませんが、昨年母方の祖母が他界しました。

叔父とその奥さんは20年以上2世帯住宅として一緒に住み、

最後の数年認知症になり自身の子供も判別できなくなった後も、ずっと面倒をみてきました。

祖母が101歳まで生きて、病気せず老衰で眠るように人生の膜を穏やかに閉じられたのも、この叔父夫婦がいたからこそだと思っています。

4年前には身体障害者であった娘さんが他界しました。こちらの世話も大変でした。

下のお子さんたちが社会人として独立し、叔父夫婦はいろいろな意味で肩の荷が降りたところです。

そこに義弟が「そんな叔父さんを労いましょう」と声をあげてくれて、今回の集まりが実現したものです。

この義弟も20数年前にまだ祖父も健在だったころ、妹と結婚して叔父宅の近くに住んでいて、よく遊びにきていたとのこと。

昔は喫煙して大酒飲みだった”はず”の叔父と叔母。

喫煙は10数年前にやめていたのは知っていたのですが、どうもすっかりお酒は控えているらしい。

義弟が日本酒の四合瓶を、私が焼酎の一升瓶と日本酒の四合瓶を持っていったのですが、見事に空振りでした(笑)

叔父の奥さんは全く飲まず。

ということで私と義弟ががぶがぶお酒をいただくことに(^^)

食事会は夕方早くから始まりましたが、あっという間に時間がたって

妹が義弟に何度も”帰ってこいコール”をかけてきたことを機に解散。

5時間くらいやってたかな。

話はたわいもないことばかりでしたが、

ちょっと元気がないと言われていた叔父がずっと笑っていたのはよかった。

この安心した空気感は親戚だからこそ、かもしれません。

義弟といると、話題が家族のことが多いので、とても家族感を感じます。

自分は離婚によって家族を持つことができなかったんだな、と反作用のように感じるようになってきました。

今は両親や妹家族、親戚との時間がサラリーマン時代より多く取れてる気がします。

先日お邪魔したRYOZAN PARKのオーナーが「大家族」を作りたいとおっしゃっていたことに反応している自分がいました。

もしかしたら、自分が求めているのは「家族」なのかもしれません。

写真は皇居ランした時にみた飛行機雲。

突き抜けるそうな青空に描かれた一筋の白い雲がきれいでした。

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