「危機と人類」の続きです。
読書会は16日ですが、先行して第2段です。
初めに前回記載した「国家における危機の解決の成功率を上げる12の要因」をもう一度掲載しておきます。
【国家】
- 時刻が危機にあるという世論の合意
- 行動を起こすことへの国家としての責任の受容
- 囲いをつくり、解決が必要な国家的問題を明確にすること
- 他の国々からの物質的支援と経済的支援
- 他の国々を問題解決の手本とすること
- ナショナル・アイデンティティ
- 公正な自国評価
- 国家的危機を経験した歴史
- 国家的失敗への対処
- 状況に応じた国としての柔軟性
- 国家の基本的価値観
- 地政学的制約がないこと
日本
(画像:山梨県「富士の国やまなし」ホームページから引用)
実は本書上巻と下巻で日本は2回登場します。
上巻では明治維新の時代、下巻では現代に対峙している危機について述べられています。
著者は明治維新時代における日本という国の危機への対処の仕方は、「選択的変化」を自ら選んだ、として高い評価をしているように見受けられます。
どうしてそのように評価をしているのかが詳しく述べられています。
一方そんな日本が誤った選択をしたとして上げているのが昭和初期第二次世界大戦までの時期。
同じ国家でありながらどうして大きく評価が変わったのか、それは「12の要因」の「7:公正な自己評価」にあるとしています。
いわゆる「無知のなせるわざ」ということです。
現代でも自然科学の観点でいえば、人類が知っているのはほんのわずかと言われます。
だから知らないことがあって当たり前。
知らないことはない、と豪語する人の方が傲慢で視野が狭い人だと言わざるをえません。
公正な自己評価は、自分と自分以外をどれだけ知っているかによってその評価のレベルはかわってきます。
とはいいつつも、自分もそうですが自分以外のことをパーフェクトに知ることもできないので、MECE(隙間なく)に捉えることはできません。
そういうときは、自分には知らないところがある、という受け入れをすることで、埋まらない隙間を埋めることが必要なんだろうなと。
最近しきりと「謙虚」という言葉を目に、耳にします。
これって、自分を卑下することではなく、自分が及ばない世界があることを受け入れること、というのが私の解釈。
日露戦争後第二次世界大戦に突入していった当時の軍部に足りなかったものがこれ。
明治維新の時代は当時の人達が辛い経験をしているので、認めて受け入れざるを得なかった海外の実力。
昭和初期は日清戦争、日露戦争と戦争は勝って当たり前の世界で、辛い経験を知らず海外の実力はこんなものと勘違いをしていた。
そんなことが本書で述べられています。
私はそれに近いことが昨年終わった平成の時代だったのかも、と感じました。
戦後の立て直しから高度経済成長時代を動かしてきた世代が引退し、経済右肩上がりで育ってきた人たちが企業の中枢に入ったことで、世界を見誤ったのではないか、と。
その象徴がバブルであり、私も浮かれていた一人だったと赤面の至りです。
それにしても著者は、丁寧に歴史を調べていますね。
チリ
(画像:世界遺産ハンター.comホームページから引用)
チリってほぼほぼ日本の真裏に位置する距離的にも文化的にもとても遠いイメージがあります。
私はチリといえば、津波のイメージ。
チリ沖で発生した地震による津波が日本を襲ったことがあり、そのイメージが強く残っています。
正直それ以外の政治的動向や文化については不勉強でした。
ピノチェトという独裁者の存在、それがこのチリという国に様々な影響と影を未だに残しているということが本書によって伺いしれます。
独立以来1883年以降戦争も経験していなかったチリは長く民主主義が浸透した国であるという自負を国民がもっていたようです。
1973年、ピノチェトによる軍事クーデターが起きことで国は一変します。
社会主義国家を目指していた当時の政権が経済施策に失敗し、国民の不満が鬱積したことと、社会主義国家の樹立を許さないアメリカの思惑が重なってクーデターは成功します。
しかし誰もが予想していなかった軍事政権の長期化がおこり、多くの国民が拷問をうけたり、抹殺されたりという事態を引き起こします。
それでも国民もアメリカをしばらく受け入れるという”選択”をします。
当時の状況は研究者にとっても謎が多いようです。
チリの国民はスペイン人入植以来、スペイン人系と原住民との混血またはスペイン人の系列でほぼほぼ構成されていて、外部からの流入が少なかったせいか、「南米の他の国とは違う」というアイデンティティが強いそうです。
北は砂漠、東はアンデス山脈、南と西は海と、天然の要塞に囲まれた国という地理的条件も寄与しているかもしれません。
なんせ北側のペルー、ボリビアに勢力をほこったインカ帝国が攻め込んでこなかったというくらいです。
日本と地理的条件が似通っているかもしれませんね。
この国の危機対応の要素としては10の柔軟性がキーとなっているようです。
個人的な思い込みとしてラテン系の国で「柔軟性」というのがちょっと意外でした。(^^)
インドネシア
(画像:世界雑学ノートホームページから引用)
上巻の最後はインドネシア。
世界第4位の人口を誇る大国ではあるが、この本で紹介されたフィンランド、日本、チリと比べると最も国としての歴史、ナショナル・アイデンティティの形成が遅かった国と紹介されています。
でもこれは言い換えれば、今急激にナショナル・アイデンティティが育まれていく過程にあるともいえ、著者もここ近年でインドネシアが最も変わったのはナショナル・アイデンティティだ、と最後に述べています。
国としての形を成り立たせる意識の部分ではあります。
インドネシアは大小1万3千以上の島々で形成されており、(日本で7,000弱と言われている)言語も700以上あるらしい。
そんな集まりが一つの国として形成するって、とてもすごいことでもある気がします。
日本は幸いにも一つの言語で、ほぼ単一民族に近い状態で国が成り立っていることもあり、国という概念には違和感は少ないことと思います。
(琉球やアイヌの歴史はありますが、インドネシアとの比較においては「ほぼ」といってもいいかなと思います)
いってみれば、一つの国として成り立つためには究極のダイバーシティーが求められた のかもしれません。
オランダから独立したときはスカルノがリードしたものの共産化を目指して経済で失敗、そのスカルノを上手に追い出したスハルトは命と心を粗末にしました。
良くも悪しくも2人の指導者が大きく影響を与えてきた国だったんですね。
この本を読んでもまだインドネシアは「国家の危機」というものと対峙していかなければならない国の一つであり、インドネシアの人たちがどのように国を導いていくのか、世界第4位の人口を持つマンモス国だけにとても気になる国です。
次は下巻に入ります。