私が運営している船堀のシェアハウスでは、日本語学校に通っている学生が多く住んでいます。
現在、中国、ウクライナ、ロシア、韓国、インド、モンゴル、アゼルバイジャン、日本、エクアドル、インドネシア、アルメニアの11カ国の人たちで構成されています。
社会人である日本人以外は、日本語学校に通学あるいは卒業した人たちがほとんどです。
彼らとのコミュニケーションには、勉強している日本語もそうですが、英語も利用しています。
特に来日したばかりの学生さんはまだ日本語がわからない人も多く(そのために勉強しに来日しているんですけどね(^^))、そういった場合は英語で意思疎通を図ります。
私の英語はまだまだジャンクですが、彼らはネイティブに近い、あるいは英語の意思疎通にストレスをあまり感じていない人たちが多いです。
これ、自分が彼らの年代だったことを思い出すと、すっごいことです(^^)
何度かこのブログでも書きましたが、私は学生の頃から英語が大の苦手で、”違う言語”という感覚がまったくわからなかったんです。
外国人はきっと耳の中に”翻訳機”が埋め込まれているに違いない、と信じていたくらいですから(笑)
同級生の中では英語が大好きだったり得意だったりした友人はたくさんいて、私にとっては尊敬の対象でした。
実はシェアハウスに来ている彼らもそうなんですよね。
母国語が英語の人はいません。
(インド人も自分の街では独自の言葉があるそうです)
ということは彼らにとって英語は第2、あるいは第3外国語です。
ウクライナ人の学生は、ウクライナ語、ロシア語はネイティブ、それに加えて不自由なく英語での意思疎通ができます。
アルメニア人の学生に至っては、アルメニア語、ロシア語、英語がネイティブレベル、簡単な中国語、アラブ語は理解できるらしい。
旧ソ連だった国の人たちはロシア語が日常生活にあるので、母国語とロシア語の両方使えるのがほぼ当たり前。
それに英語がプラスされるだけですでに”トリリンガル(trilingual)”です。
日本語が加われば”クワトロリンガル(quadrilingual)”!!!
モンゴル人も第2外国語が長くロシア語だったこともあり、ロシア語が話せる人が少なくありません。
25歳の自分がここにいたら、彼らは天才に見えていたことでしょう(^^)
そんな彼らは今は日本語学習を頑張っています。
個人差はありますが、どんどん上達していて私と日本語で意思疎通できるようになった学生も少なくありません。
1日に何時間も勉強している人もいますが、やはりなんといってもアルバイトなどで日本語を使う時間、機会をたくさん得ていることも大きいでしょう。
私がアメリカに赴任していた時、月曜から金曜の日中はほぼ英語だったこともあり、木曜日、金曜日になるとだいぶ英語に耳が慣れてきました。
ところが週末は日本人赴任者同士でゴルフをしたり、実家のHDDレコーダーに録画していた日本の番組をロケーションフリー(当時ソニーが発売していた、今の外出先視聴ができる機器のさきがけ)を使ってインターネット経由でみたり、日曜の夜には日本のオフィスがあくため、テレコンしたりと、どっぷり日本語にひたってしまいます。
その結果月曜の朝には、すっかり英語ができない自分に戻っているのです(^^)
月曜朝の現地の会議はしんどかった(^^;;
2年間も住んでいたのにあまり上達したとはいいがたい。。。
ほんとに自分にはセンスがない、ってず〜っと思っていました。
いや、今も思っています(笑)
ただ最近個人レッスンをうけてから、自分に足りなかったものが少しわかってきた気がします。
それは「正しい音を使ったトレーニング」をしていなかったから”身につかなかった”のではないか、という仮説。
私が日本語そのものを身につけたのも、日本語の音をたくさんきいて、たくさん使うという”トレーニング”を積んできたからなんですよね。
”勉強”ではなく”トレーニング”、そういう感覚がやっとわかりかけてきたかもしれません(いまさら!!)
”勉強”という感覚だと、「何かを覚える」とか「知る」という感覚ですが、”トレーニング”は「身体に覚え込ませる」という感覚ですね。
I'm sorry to see you go.
君が行ってしまうのは残念だ
一つ一つの単語は”知って”います。
文章にすると意味も”わかります”。
でもこの言葉を言われたらすぐに反応できるかどうか、は別です。
また自分が使って相手に伝わるかどうかも別です。
日本語をはなすように「あいむそーりーとぅーしーゆーごー」と発音しても相手にはわかりにくい英語と聴こえるでしょう。
「あぃむそーりぃとぅしーゅごぅ」
みたいな言い方をしてやっと英語っぽくなるんですよね。
これ実際にやってみると、なかなかできない。
単調で英語として聞き取りにくい、という状況からなかなか脱しない。
ではどうするか。
何度も何度も”練習(トレーニング)”するんですね。
すると、英語の強弱がついて英語の音として発音できるようになるんです。
意味はわかります。
だからこの”音”と”意味”がだんだんと直接つながるようになってくる。
”意味”は”情景”や”景色”となってきますので、英語の”音”と”情景”が直接つながるようになり、それはすなわち”音”を聴くことで、「日本語を介さずに」”情景”が浮かんでくるようになるんです。
ここに”知る”と”身につく”の大きな違いがあるんです。
この歳になって、やっとこの感覚がわかるようになった私はやはりセンスがない(笑)
シェアハウスの学生さんたちは、こういった感覚を持っていてひたすら”トレーニング”を積んでいるんだろうなぁ。。。
何事も「遅い」はない。
そう思えたときがスタート地点。
これからトレーニングしていこう(^^)
将棋の羽生善治さんがテレビで言っていました。
「(ベテランが後輩に抜かれながらも将棋を指し続けていることを受けて)情熱をもってやり続けるのは当たり前だと思っていたけどそうでないことに気づいたんです。毎日1時間、それを20年とか続けるって、できないことなんです。(中略)走り続けることが才能なんじゃないか、と」
”努力し続ける力を才能”を羽生さんはおっしゃっていました。
その言葉を励みに”続ける”ことに挑戦です(^^)
ふと思い立って鶏の胸肉を酒、醤油、にんにく、しょうが、キウイ(肉が柔らかくなる)で漬け込んで、蒸し器で蒸してみました。
つけダレはそのまま温めてソースに。
これ1つで300gくらい(^^)
タンパク質で明日の活力(^^)