昨年「樅の木は残った」で読書のペースを掴んだのですが、先月は忙しさにかまけて本が進まなかったことを反省。
再び山本周五郎に期待して、Kindleでインストールしていた本書を読みました。
本にすると上巻432ページ、下巻448ページに相当するそうです。
一度読んだことがあったのですが、すっかり内容を忘れていました(^^;;
やはり期待通り(^^)
移動の電車内、実家での湯船の中、ランチなど、すこしまとまった時間が取れるときにipadやiphoneを使って読んでいました。
樅の木は残ったは江戸時代の初期、第4代将軍のころでしたが、今回は打って変わって江戸時代末期で尊皇攘夷派と佐幕派の対立激しく、井伊大老の安政の大獄があったころになります。
関東と東北の堺に位置する中邑(なかむら)藩の藩士杉浦透を通じて、生きるということを問いかけている本のような印象です。
今の都道府県に比べて、圧倒的に数が多かった藩なのでどの藩がモデルになっていたのか、皆目検討はつきません(^^)
東北の小藩中邑藩は、江戸幕府のちからが弱まってきて朝廷を中心とした政治体制に移行しようとする勢力と幕府の恩に報いるべく江戸幕府を守ろうという勢力双方から圧力をうけています。
位置的に近い東北は、奥州連合が江戸幕府を守る、いわゆる佐幕派なため、支持するよう大きな圧力がかかっている一方、約250年続いた鎖国が打ち破られ開国されたことで江戸幕府ではもう太刀打ちできないから朝廷を巻き込んで難局を乗り切るべしという公武合体支持派の勢いも無視できないでいます。
藩主がその状態なので、家臣たちは思い思いの主張をし始め藩自体が分裂しそうなあやういバランスの上に成り立っている有様。
そんな中、主人公杉浦透は学問を志し江戸に出府します。
江戸での面倒をみるのが水谷郷臣(みずたにもとおみ)といって、中邑藩藩主の同母弟だが、臣下となって政治の世界から距離をおいていた。
ところが、佐幕派と公武合体派に藩は二分し、藩主同母弟の郷臣の影響力を恐れた一派が郷臣の命を狙う。
政治とは離れて学問に専念するはずだった杉浦透だが、いろいろと事件にまきこまれ、その中でいろいろな人の生きざまを目にしていきます。
この本は1959年に発表されています。
日本の時代は戦後15年も経っておらず、世界ではキューバ革命が起き、国内では学生運動が盛んだったころ(翌60年に安保闘争勃発)、平成天皇及び皇太后がご結婚された年でもあります。
そしてこの頃から高度経済成長時代と呼ばれる長きにわたる好景気の時代です。
それを考えると驚くほど今でも十分考えさせられるセリフや文章が目に付きます。
これは杉浦透、水谷郷臣からのセリフに目立ちます。
以下抜粋してみます。
=====
若い人間にはやはり不安とか不満とか怒りや失望がつきまとう、なぜなら、若い人間はすでにある社会状態の中へ割り込んでいゆくので、初めて海へ漕ぎ出す船のように、事の大小強弱の差はあれ、不安や恐れを感じないものはない筈だ、われわれにとって大事なのは、自分の信ずる道に迷わないことだと思う。
もっと人間らしく、生きることを大事にし、映画や名声とはかかわりなく、三十年、五十年をかけて、こつこつと金石を彫るような、じみな努力をするようにならないものか
愛情だけにうちこむと、人は不幸になる
いちど水に濡れた紙はその質が変わる
自分の面目や外聞にとらわれず、とにかく生き延びることを考え、いきのびて仕事を続けた、ということが大切だ
あの人にも生きる目標があったろうか
貪欲も独善も無恥も、みなその人の持って生まれたものだ、その人自身の罪ではない
人間の生きている、ということが「善」であるし、その為すこともすべて「善」なのだ
この一輪の白菊の美しさは、作った人間の丹精のたまものだ、この美しさは金でつくれるものではない、この菊を金で買うことはできるが、金だけでこれほどみごとに咲かせることはできない
こういうことは現実に当たってみなければだめだ、人の生活は頭でかんがえるようにゆくものではない、しかし、考えなしにやればなにごとでもできはしない
=====
今から60年前の時代にこういう感覚を山本周五郎は持ち合わせていたんだ、と思うと、ちょっと驚きです。
Wikipediaによれば、
「山本は人間の心理描写に卓越する反面、人嫌いで人付き合いを極端に制限し、仕事場への訪問客にもめったに面会せず、座談はうまいのに講演は断り、園遊会には出席せず、文学賞と名のつくものはことごとく辞退した。」
とあります。
風が吹けば桶屋が儲かるではないですが、こんな人嫌いな人から、今の時代にも問いかけられる哲学がどうやって生まれてくるんだろう、とその間にあるものが全く想像できません・・・
この本の内容はなんとなく色に例えると灰色、というイメージなのですが、登場する「ふく」という女性はほのかなピンクあるいは薄橙の色を連想させます。
個人的にはこの小説にあってこのふくという女性が一番輝いているようで印象的でした。
いや〜、周五郎作品、なかなかいいなぁ。。。