今回の読書会課題図書はこちら。
トラクターとは農地を耕す、まさにあの耕運機です。
このトラクターを通じて世界史、特に20世紀の世界動向を眺める内容です。
旧来牛馬をつかって土地を耕していた工程を、トラクターという機械が担うようになり、実は世界で大きなうねりを生んだという視点はとてもユニークでした。
牛馬からトラクターに変わることによって得られた最も大きな効果は、単位時間あたりの耕作面積が格段にあがったことです。
牛馬は餌を食べるし、疲れるし、気分もかわるのに対し、トラクターはガソリンさえあたえれば、餌は不要だし、疲れないし、気分はないので安定して多くの作業をすることが可能になります。
これによってもたらされた農業の変革は、「大規模化」であり「農業の工業化」でもありました。
その流れによって生まれた大きな政治勢力が、ソ連、中国に代表される共産主義国家です。
ソ連が後にコルホーズ、ソホーズといった集団農業体制を行政の軸としますのが、その流れはトラクターの導入による農業の大規模化とそれによる集団化がきっかけで、そのトラクターはなんとアメリカのフォード社が輸出していたという、その後の冷戦状態を考えるとなんとも皮肉な歴史をもっています。
一方、トラクターの導入によって弊害も生じたというのはこの本を読んで得られた新しい知見でした。
一つは深く掘りすぎて土中の水分が飛んでしまい土地の乾燥化を招いたことと、牛馬の糞尿がなくなったので農地循環システムが壊れたこと。
昨今の砂漠化は森林伐採が原因と言われていますが、実は耕地の乾燥化も無視できない要因だそう。
また牛馬の糞尿が肥料となっていたため、農地を維持する循環システムができていたのですが、この糞尿がなくなったため化学肥料に頼らざるを得なくなってしまい、農地の栄養を維持するシステムが壊れてしまったようです。
もう一つはトラクターが高価であるがゆえに、ローンを組む必要があり農家の経済的負担が増大したこと。
天候が悪く不作になったりすると収入が不足し、ローンが支払えなくなり離農せざるをえなくなるケースが増えたとのこと。
本書はしがきにも記述されていますが、「農業生産の機械化・合理化が進む一方、農地循環システムの弱体化を招いた」というトラクター。
そして今のロシア(旧ソ連)、中国の誕生とその後の成り立ちに大きな影響を与えていたであろう面を見せてもらえたのは、学びでした。
またトラクターはその構造がゆえに、戦時中はトラクターメーカーはこぞって戦車を製造し戦争に加担していたという暗い歴史も今回知ることとなりました。
日本の代表的なメーカー、コマツ、イセキ、ヤンマーなどや、世界の代表的メーカーの歴史もよく調べています。
農業に普段たずさわっていない自分にとってトラクターという存在は、決して近い存在ではないですが、トラクターを通じて見える世界史というものをわかりやすく伝えてくれた本です。