将棋の全8タイトルをすべて保有し、タイトル戦無敗でトップを走り続けていた藤井八冠(以降”藤井”とします)が、ついにタイトルを1つ失ったことは、先日ニュースでも大きく報道されました。
(画像:日本経済新聞の記事より引用)
叡王というタイトルで、どちらかが先に3勝するとタイトルをとることができます。
このタイトル戦が始まる前、挑戦者の伊藤匠七段(以降”伊藤”とします)は藤井に対して0勝10敗1引き分けと全く歯が立ちませんでした。
伊藤は昨年竜王戦、棋王戦と2回も挑戦者になるくらい伸び盛りの棋士なのですが、すべて藤井にストレート負けで返り討ちにあっていました。
ランキングでも永瀬九段と第2位を争うくらいの実力者でありながら、「やはり藤井にはかなわないか」という評判がつきそうな状況でした。
叡王戦第1局は藤井が貫禄勝ち。
「あ〜やはり」と言われた直後の第2局で、見事初勝利をあげます。これで1勝1敗。
「やっと1つとったか」という安堵感をあざ笑うように第3局も伊藤が勝ち、なんと2勝1敗でタイトル奪取に王手をかけます。
「どうした藤井!」という声が聞こえたか聞こえなかったか、第4局は藤井が取り返し2勝2敗のタイに。
迎えた第5局。藤井の先手で始まります。
藤井の通算勝率は83.7%。先手だとさらにあがって89.6%とめちゃ強い!
タイとはいえ、藤井有利という前評判で始まりました。
そして前半はAI評価で「やや藤井有利」で進みます。
実は将棋界では「藤井曲線」というものがあります。前半から少しずつポイントを稼いでリードをとり、中盤でそのリードを広げて得意の終盤で一気にやっつけるという、「一度リードを奪ったらそのままぶっちぎる」パターンのこと。
なので、前半で藤井がリードしたところで、「やっぱりタイトル防衛か」という空気が流れ始めます。
しかし伊藤も粘って藤井が困るような手を繰り出してきます。
すると藤井に緩手がでて形勢が五分になります。そのチャンスを逃さず伊藤が攻勢をかけて藤井が防戦に回ると、徐々に伊藤が優位に。
でもそこは天下の藤井。大きい駒をただで渡してしまうような大技を繰り出し、一つ間違えれば即逆転、という展開が続きます。
将棋は王様を捕まえるゲームで、交互に手をうつので、「一手」早く捕まえればいいので、一つ間違えると相手の方が早くなってしまって逆転するということがよくあります。
しかも持ち時間はお互い使い切って1分将棋に(※)。
※1分将棋:1分以内に手を打たないといけない。使った分だけ持ち時間が減っていくのだが、持ち時間を使い切ると、その後は終わるまで1手につき1分以内に指さなければならない。
時間がないのに、ぎりぎりで正解の手を打ち続ける2人。たとえていうなら山の細い稜線をずっと歩き続けているような緊張感です。
伊藤は藤井の王様を追い詰めて、次に順番がきたら勝てるという状況になって、藤井の手番。藤井は王手(ほおっておくと王様をとりますよ、という手)を続けなければなりません。
藤井は小学生でプロも混じった詰将棋全国大会で優勝した詰将棋の第一人者。
必死に王手を続けて伊藤の王様を追い詰めます。そして、どれも逃げ方はほぼ1つしか正解がなく、他の逃げ方をしたら藤井の逆転勝ちとなってしまいます。
藤井が金を打つ。伊藤の王様が逃げる。
藤井が桂馬で成り込む。伊藤の王様が逃げる。
藤井は持ち駒をどんどん使って伊藤の王様を追い詰めますが、伊藤の王様はバレーダンサーのようにひらりひらりと交わしていきます。
そしてついに伊藤の王様が逃げ切ったところで、藤井はがっくりうなだれて投了しました。
実は投了した場面でもその後続けることも可能で、しかも一歩間違えたら逆転、というところでしたが、伊藤は間違えないだろうという相手への信用・敬意があっての投了でした。
プロがプロを認めた引き際が美しかったです。
私は将棋は素人もはなはだしいですが、すごくレベルの高い将棋を見せてもらった気がします。今年でも1,2を争う名局になるのではないか、と。
強い人が強い人の力を引き出してもっと強くなる、ということをお互いがやって力と力のぶつかり合いのようにみえ、これも例えるなら、豪速球ピッチャーがストレートど真ん中を投げ続けてホームランバッターに一騎打ちを臨むような対決でした。
美しく、そしてかっこいい。
最近大谷選手みたさに大リーグの試合を録画してみていることを以前お話しましたが、大リーグの面白さは、策を労しないで一騎打ちみたいな勝負が多いところにあるな、と思っています。
チームの勝利も大事ですが、個人個人のプレーでお客さんを楽しませようという心意気があり、興行の先進国らしさを感じます。
レベルの高い者同士のガチンコ対決は、観ている側に感動さえ与えてくれるようにも思えるのです。
今回の叡王戦は全体にわたりそういう流れがあり、そして最終局で見事な戦いを披露してくれました。
藤井は負けてもなお強し。今棋聖戦を戦っていますが3勝先勝のなか、2勝0敗とここは藤井がタイトルを防衛する可能性がかなり高くなりました。
そして私の推しの羽生九段は、先日王将戦予選では一歩手前で負けてしまいましたが、王座戦予選でベスト4まで勝ち上がってきました!
あと2つ勝てば挑戦者に(^^)
7月4日に広瀬九段と準決勝が予定されているので、個人的にはこちらも注目(^^)