今回の読書会の課題図書はこちら。
なかなか衝撃的なタイトルです(^^)
そもそも「衝動」ってなんでしょう。なにか体の内側から突き上げてきて、抑えられない感情、みたいなイメージがあります。
そう、漠然としてうまく表現できません^^;;
よく「衝動に突き動かされる」という表現を耳にします。いったいこの衝動って、どういうことなんだろう。そんな問いに一緒に深堀りしてみよう、というのが本書です。
序章でいきなり、魚豊さんの「チ。地球の運動について」という漫画が紹介されます。私は知らない漫画なのでちょっと面食らいますが、そこに衝動が表現されている、ということらしい。
また序章では「将来の夢」は世間の引いたレールにのること、「本当にやりたいこと」という言葉は、スポットライトを浴びたいか自己を正解と思い込むことかのいずれかでしかない、という痛烈な批判も展開しています。
それがどういうことなのか、またそもそも衝動って何なのか、どうやって生活に取り込んでいくのか、そういった話をしてくれているのが本書になります。
私自身、まさに会社をやめたときは、「心の奥底から”やりたい”と思える仕事をみつけよう」と思っていました。
この本を読むと、自分の”衝動”となる源を探していたんだと思います。
ですが、どこからか「本当にやりたいこと」はなんだろう、とか「自分はどんな夢をめざしているんだろうか」という問いかけにずれてきていたのかもしれない、と本書をみて感じました。
「本当にやりたいこと」とか「将来の夢」とか、って、世間的に”いい子”になろうとしているだけじゃんか、という指摘はかなりぐさり、ときました^^;;
つまり「世間的に”いい子”であろう」と無意識に自分に働きかけていたんだ、ということに気付かされたということです。
一方で衝動によって自分が動いてしまうことを恐れるようになったかも、とこの本を読んで感じました。
脇目も振らずに盲目的に行動してしまったことが、これまでに何度もあり、だいたいあまり好ましくない方向に帰結することが多かった体験からだと思います。
その「脇目も振らずに盲目的に行動」することと、本書のいっている「衝動」とは、実はちょっと違うのではないかと思いますが、自分の中ではまだはっきりと区別ができていないように思われます。
なのでむしろ逆に「衝動にかられないように」自制をするクセがついてしまっているかもしれません。
そして子どものころから大人に褒められる”いい子”でいようとする傾向はずっと残っているようで、「衝動」を見つけようとしていたにもかかわらず、いつの間にか問いかけが変わってしまっていたのかもしれない、と本書に指摘されたような気がします。
自分を突き動かす”衝動”ってなんだろうってまだ探している途中なんでしょう。
なんとなくここ数年のもやもやが少し晴れたような気がしています。
いつ見つかるかなぁ。。。
思い起こせば、昔家出をしたとき、会社を辞めたときって、まさに”衝動”に突き動かされた行動だったかもしれません。
”そのように”行動しないと自分が駄目になる、みたいな一種の恐怖感のようなものが衝動を支えていたような気がします。