48歳からの挑戦

47歳で脱サラ、48歳で起業したおじさんの奮闘ぶりをご紹介しています

命日〜一年目

父が亡くなって1年経ちました。

 

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妹から電話がきたときに、「ついに」と直感が動いたあの早い朝から1年。

 

1年前は弱った父とできるだけ傍にいようとか話をしようと腐心していたことが嘘のように、すっかり父がいない生活に落ち着いています。

 

お墓を持っていなかったこともあり、まだ実家に骨をおいてあり、葬儀のときに使用した写真も大小そのまま飾られています。

 

実家にいくたびに「ただいま」とその遺影に挨拶をし、母との夕食時には父の分を小皿に取り分けて「ほい、召し上がれ」とお供えするのが日常的になってきました。

 

”日常的”とはいいましたが、実はちょくちょくお供えを忘れることがあります(^^)

 

土曜の夜は基本実家にいって母と一緒に夕飯を食べることにしているのですが、母を話をしながら御膳を整えて、「1週間お疲れ様でした」と乾杯を始め、パクパクと食べているときに「あ!ごめん!忘れてた!」と、母が慌てて父へのお供えを用意することもよくあります。

 

親父、すまぬの〜。

 

父が亡くなったときは、その週にマンションの処分の関係で北海道へいかなくてはならなかったこともあり、慌ただしく葬儀をすませ、そして北海道のマンションの処分に忙殺されていたこともあり、父が亡くなったことを受け入れてる余裕もなかったように思えます。

 

そういう意味では父のいない生活にだいぶ馴染んだように感じます。

 

以前このブログでもふれましたが、物理的には存在していない父のことが頭というか心のなかに浮かんでくることがよくあります。

 

ときには話しかけれているように感じますし、ときにはイメージだけが浮かんでくることもありますし、ときにはトーキー映画のように音のない動画的だったり。

 

自分勝手な解釈なのですが、なんとなく見守れているような感覚があり、それが自分の安心感を醸成している面もありそうな気がしています。

 

生成AIのように科学、技術がどんどん走っている今の世の中で、自分がある意味"well-being"になるに至る脳内の動きや神経の活動などは、技術力の向上で解明されていくでしょうけど、そのきっかけとなる”感覚”というのは、技術には立ち入れない世界なのかもしれません。

 

 

 

父には生前よく皮肉を言われていたものです。

 

戦前生まれのへそ曲がり的なところもあれば、父なりに見えていたことをあえてストレートには伝えずに考えさせようという親心も想像できるところで、今にして思えば父なりの愛情表現だった気がします。

 

今でもふとそんな父の皮肉が聞こえてきそうな気がしています(^^)

 

今日は暑いから父と一緒に食べる気分でかき氷(^^)