先日紀伊國屋で選んだ2冊のうちのもう一冊がこちらです。
乗り鉄としては、どんどん消えゆく路線をただ寂しく見守るしかないのですが、そういった路線がどういった経緯で消えていったのか、題名で興味をそそられました(^^)
著者は1975年生まれなので、私よりかなり若いのですが、多くの鉄道写真を撮っていたようで、廃線前の写真が本人撮影でかなり掲載されています。
私は小学校のころから乗り鉄的な行動をしていました。
まだ新幹線は東海道・山陽新幹線のみで、東北新幹線・上越新幹線は開業前でした(^^)
当時から消えていった乗り鉄の楽しみもたくさんあります。
1. 路線
本書で紹介されているように、多くの路線が消えていきました。
理由は「採算が合わない」。それも度肝を抜くくらい合わない(笑)。
「これ以上走らせるとお金がもたない」ということで廃線になったものもあれば、災害で大きなダメージをうけて、その復旧に費用がかかりすぎるからと復旧を断念した例もあります。
また整備新幹線の法令によって、新たな新幹線の開通によって並行に走っている路線が消えていくこともあります。
2.寝台列車
大学の卒業旅行で、東京から宮崎まで寝台特急「富士」で個室A寝台に乗ったことや、当時北海道に赴任していた両親のところにいくために、上野から札幌までつなげていた寝台特急「北斗星」によく乗ったことが思い出です(^^)
1980年代〜90年代にかけて、上野ー札幌を結ぶ「北斗星」や東京ー西鹿児島(現在の鹿児島中央)を結ぶ「はやぶさ」、大阪と青森を結ぶ「日本海」など、たくさんの寝台列車がありました。
寝台は特急だけでなく、急行でもいくつか存在していました。そして、電車タイプだけでなく、気動車が牽引する客車タイプがあり、その客車が青色だったことからブルートレインとも言われていたんですね。
今は東京と出雲・高松を結ぶ電車タイプの「サンライズ出雲」のみです。
飛行機による移動時間の時短、高速バスによる低価格化という、時間と価格の波に押されて消えていってしまいました。
3. 夜行列車
「寝台列車」は、横になって寝ることができるベッドや布団が設置されていましたが、「夜行列車」というのは、ベッドがなく、座席に座ったまま夜通し走る編成のことをいいます。
普通列車、急行列車によく見られました。
新宿から松本を結んでいた急行「アルプス」、上野と青森を東北線経由で結んでいた急行「八甲田」、常磐線経由で結んでいた急行「十和田」などが急行ではメジャーでした。
普通列車では青春18切符で活用した人も多いであろう、東京発大垣行きの東海道線。
通勤帰りに飲んだ後にのってしまい、終点大垣で目が覚めた、という人は少なくなかったと思います(笑)
4. 急行
普段利用する”普通列車”に対して、途中駅を通過したり、上等な座席になったり、座席が指定になったりする列車を”優等列車”といって、いわゆる「特急」がそれに相当します。
私鉄では「準急」や「急行」、「快速」といった編成がありますが、JRでは特別料金をとらない「快速」を除くと、優等列車はほとんどが「特急」のみとなりました。
80年代〜90年代はかなりの「急行」がありました。特急よりも特別料金が割安だったのも魅力だったのですが、一番の魅力はこの後にふれる「周遊きっぷ」を買うと、周遊地域への移動に急行が無料で利用できる点でした。
5. 周遊きっぷ
乗り鉄的に一番痛いのはこれ。
今あるフリーきっぷと同様、指定された区域で乗り降り自由なのはもちろん、周遊地域に行くまでの往復料金も含まれていて、しかも急行自由席なら追加料金なしで乗れるのが大きな魅力でした。
周遊きっぷにも「ワイド」というタイプは、周遊地域内で特急の自由席も追加料金なしで乗れたんです。
ワイド周遊券は、北海道、道南、東北(茨城のいわき、福島の郡山、新潟より北側全部カバー)、南東北、信州、北陸、南近畿、北近畿、山陰、四国、九州、九州北とこんなにあったんです。
今は急行がほとんどないし、自由席をもたない全席指定席の特急も増えたこともあり、周遊券が残っていたとしてもそのメリットは減りましたが、それでも往復旅費を含んだ地域乗り放題は、乗り鉄の大きな味方でした(^^)
今JR東日本では、大人の休日倶楽部という50歳以上を対象とした会員向けに、北陸フリーきっぷ、年に3回発売される東日本周遊、北海道周遊、東日本・北海道周遊きっぷがとの名残を残しています。
6.長距離編成
先日飯田線が現在の鈍行最長時間を有する路線、とお話させていただきました。
私がもっている1987年の時刻表では、岡山ー下関を呉線経由で結んだ路線が7時間半くらいかかっていたという記載があります。
今はほとんどの編成は細切れのように短い間隔を運行するようになったため、乗り換えの頻度が増えたり、乗り換え時間を待つ必要性がでてきました。
本書を読むと、採算をベースに存続を検証することは基本としても、一度廃線にして線路を撤去するとほぼ永久的に復活ができないため、後戻りができない判断であることがわかります。
ウクライナ侵攻をみて、北海道における防衛ラインを確保するための路線の必要性という観点、災害時に迂回路線を確保することで輸送パイプを維持するというインフラの観点などは、本書から気付かされたことです。
北海道新幹線が札幌まで開通すると、函館本線の”山線”と言われる長万部から余市をまわる路線が廃止になることが決定されています。
しかし”海線”と言われる室蘭経由は、有珠山の噴火のときに使えなくなったことがあり、”山線”でカバーしたという歴史があります。
これがないと、北海道からの輸送パイプが途絶えてしまい、北海道民の生活に大きな支障がでる恐れがあるんですね。
著者がいうように、そういった課題は、JR単独ではなく、国策として慎重に存続の是非を検証する必要があるかもしれない、と考えさせられます。
「休線」の概念も本書で初めて知りました。とても合理的な考えで、特に除雪の負担が大きい北海道ではその考え方もありだな、とも思います。
個人的には、夜行列車と周遊券には復活してほしいなぁ(^^)
