連日の本の紹介になります。
今回は読書会とは別に個人で読んだ本。先日読んだ吉村昭の「わたしの普段着」で吉村作品にちょっとはまってみたくなり、その第一弾として選んだのがこちら「破獄」。
Wikipediaから紹介文を引用します。
雑誌『世界』に1982年から1983年に連載、岩波書店より1983年11月24日に刊行された。4度の脱獄を繰り返した実在の受刑者・白鳥由栄をモデルに、脱獄の常習犯である主人公とそれを防ごうとする刑務官たちとの闘いを描いた犯罪小説である。
(以上Wikipediaより引用)
長編であることや、表彰もされている作品で吉村昭の代表作の一つだろうということ、脱獄犯という題材をどう取り扱うのかという興味心が選択した理由です。
昭和10年から昭和26〜7年にかけて、戦前、戦中、戦後という日本が近代で最も混乱した時代であろう時期が舞台となっています。
吉村昭の作品は、史実をベースにしているので、”小説”の登場人物も実際に存在した人物がモデルになっていることが多いことが想定されます。
青森県の男、佐久間清太郎が昭和18年巣鴨刑務所から網走刑務所に移送されるシーンから始まるこの小説。一体佐久間が何をしたんだ、という流れでそのまま昭和10年に場面が遡ります。
佐久間は青森刑務所、秋田刑務所、難攻不落と言われた網走刑務所、札幌刑務所と四度にわたり脱獄を成功させます。
昭和10年といえば、日本では満州事変を機に中国に建国した満州国をあしがかりに、軍部が台頭してきたころで、翌年の昭和11年には二・二六事件というクーデターが発生しています。
戦争に向かって突き進む日本で、国内の治安、食料事情がどんどん悪化していく世情。
戦前の価値観による刑務所の対応。
佐久間本人の生い立ちと性格。
いろいろな要素がからんで、四度の脱獄という大事件が起こされたことが、丁寧に描かれています。
私が感じた吉村昭作品の特徴の一つは、「丁寧な描写」。
展開としては、
犯罪→捜査→逮捕→収監→脱獄
の繰り返しなのですが、直接的な話だけでなく、当時の世情をイメージできるような出来事や描写を実に丁寧に描いています。
なので、佐久間が脱獄して逮捕されるまで数年あるのですが、小説の主人公でもある佐久間については一切の記述がなく、刑務所の看守や課長などを描くことで、大戦の降伏からアメリカによる統治といった国内情勢の大きな変化や混乱をイメージすることができます。
その描写が、間接的に佐久間という人物を照らし、再び主人公佐久間に思いをはせるのです。
その描写をよりリアルにするために、綿密な取材活動をしてきたのではないかと想像します。
小説全体の構想力、表現力、丁寧さと吉村作品の魅力が詰まった一作でした。
Wikipediaによると、1985年、2017年にテレビドラマ化されているようです。1985年版では佐久間を緒形拳が、2017年では山田孝之が演じているそうです。