今年ハマっている吉村昭作品で今回は大作を読みました。上巻は704ページ、下巻は741ページとめっちゃ長い^^;;
鎖国政策によって海外からの情報が限定的であった江戸時代末期。
それまでの医療技術は中国からもたらされた知識や技術の上に成り立っていましたが、杉田玄白と前野良沢らによってオランダの医学書が解体新書として翻訳されてから、交易がゆるされていたオランダからヨーロッパの医学を学びたいという空気が徐々に盛り上がってきました。
そこに現れたのがシーボルト。
優れた外科医であり、産科医であり、薬草学にも見識が深く、当時最先端だった種痘の技術も持ち合わせていたスーパー医者。
そんなスーパーなお医者さんが惜しげもなく患者を診察したり、医学を教えたりし、大いに人望を集めます。
しかし「タダほど高いものはない」(^^)
シーボルトはドイツ人でありながらオランダ国から「日本の調査」という密命を受けており、鎖国で閉ざされた日本のベールをあばくべく、日本の国情をさぐるべく、さまざまな調査を門人たちに依頼します。
そして、国外不出とされていた当時伊能忠敬が作ったばかりの日本の地図を国外に持ち出そうとしたところ発見され、国外追放になってしまいます。これが世にいうシーボルト事件。
上巻では、そのシーボルトが日本にやってきて、遊郭の女性と出会い子どもが生まれて国外に追放されるまでの流れが語られています。
下巻では、そのシーボルトの子どもの一生が綴られています。
本のタイトル「ふぉん・しいほるとの娘」は、このシーボルトの子どもで、楠本イネ、のちに楠本伊篤(いとく)と改名した、おそらく日本で最初の女医です。
免許制は明治になってから作られた制度で、江戸時代は男性しか医者はおらず、江戸時代に医療行為を行った女性はおそらくイネが最初で、唯一の人物だったと思われます。
本書は、イネの母親から孫の代まで4代にわたり、パール・バックの「大地」を彷彿させるような壮大なファミリードラマです。
(「大地」も1冊400ページ前後で4冊にわたる大作です)
上巻はシーボルト、下巻はイネが中心となって物語は展開されます。
吉村昭は生前に長崎によく取材にいかれたそうです。その取材の成果が本書での細かい描写をうみ、リアル感強い作品に仕上げているように感じます。
作品の流れには全然関係ないだろうと思われる細かい描写がたくさんあるのが、吉村作品の特徴の一つかもしれません。それも丁寧にかかれているため、その世界にどんどん没入していく感じがあります。
それにしても、シーボルトの女癖の悪さ(笑)とイネの自己中心的な性格(笑)には、少々驚かされました(^^)
そして江戸時代から明治時代にかわる激動の時代の流れをこのシーボルト、イネ、その周りの人達を通じて垣間見ることができる気がしました。
日本の歴史の中で、生き方を大きく変化させた出来事は、「明治維新」と「第2次世界大戦」と思っています。
乱暴ですが、日本では石器時代から江戸時代までは連続的に変化してきたように思っています。その時その時に良かれと思う方向に流れ変化してきたような。
でも「明治維新」は日本で数少ない「革命」で、「生き方」が非連続に”無理やり”変わってしまった出来事だと思っています。
江戸時代で生まれ明治まで生きたイネ。時代の大きなうねりのなかで必死に生きてきた1人。しかも当時市民権を得られていなかった”混血”の子ども。
自分に強くないと生きていけなかったでしょうね。
自分がこの時代に生きていたら、どんな人生を送っていたのだろうと、ちょっと妄想してみたくなります。