正月休みに伴う実家との往復と、実家の入浴中に読んだ本がこちら。
吉村昭作品ですが、これは”小説”というより”記録”としての性格が強い作品です。
三陸海岸を襲った明治29年、昭和8年の地震による津波、昭和35年のチリ地震による津波の”記録”をまとめた、全191ページと決して長くはないですが中身の濃い作品です。
著者吉村昭氏はまえがきで「(或る婦人の津波に関する)話に触発されて、津波を調べ始めた。そして、津波の資料を集め体験談をきいてまわるうちに、一つの地方史として残しておきたい気持ちにもなった。」と述べているように、著者自身も”記録”を強く意識していることが伺えます。
吉村氏は資料を調査するだけでなく、現地で多くの人を取材し本作品に反映しています。
明治29年の大地震&津波を経験した人からも直接話しを聞いています。
明治29年(1896年)から昭和8年(1933年)は37年、昭和8年から昭和35年(1960年)までは27年、そして平成23年(2011年)の東北地方太平洋沖地震まで51年。
本書によると、明治29年、昭和8年、昭和35年と、それまでの経験がいかされ、津波による被害はだんだん小さくなってきていました。
それでも2011年の東北地方太平洋沖地震は世界でも史上4番目、日本では史上最大の規模の地震で、これまでの備えをふっとばすほどの津波に襲われてしまいました。
一方で、一旦高台に住まいを移すも、海外への利便性を考えて段々と海近くに戻って来る傾向もあり、「数十年に一度の津波に備えるより、普段の生活を優先」的な思考が少なくなかったのも実態。
”想定外”の津波と言われていましたが、この本を読むと、波の高さで20メートル以上、50メートル以上の高さまで海水が襲ってきたという記録があることがわかります。
そして、大津波が来る前兆についてもこの記録はいろいろ語ってくれています。
・突然の鰯の大漁
・井戸の渇水や濁水
・海底が見えるくらいの大規模な引き潮
・沖合に怪しげな光が見られる
・沖合でドーンという衝撃音がある
などなど。
そして逃げ遅れて被害に合われた方々の中には油断が災いしたと思われる記録も観られます。
・冬には津波はこない、という迷信を信じていた
・防潮堤があるから大丈夫だろうとたかをくくっていた
・地震がなかったから津波はこないと思っていた(チリ地震の津波)
本書でも語っていますが、地震も津波も決してなくなることはありません。
近年でいえば、自然災害という観点では豪雨による水害や、地すべりなども同様。
自然現象自体は止めることはできないので、それによる被害を少しでも小さくすることが自然と共生していく知恵であることを、この本は語っています。
それが防災であり減災という概念です。
ハザードマップで危ないところには住まない、というのは今となっては非現実的なことかもしれないので、せめて”備える”ということが我々にできることなんでしょうね。
それから、いざ災害が発生したときの救援、救助、復旧の体制を整えていくことも生活を守る上で重要であることも、この本の記録から伺えます。
日本という地域は、大きな4つのプレート(太平洋プレート、北米プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレート)がぶつかる世界有数のプレート激突地域。
今だに隆起を続けている地域があるように、プレートがプレートの下に入り込む構造なので、どこかで大きな地震及び津波がくる”構造”です。
そしてそれにともない多くの火山があること、また背骨にあたる中心ラインに高い山々があって雪雲がぶつかって日本海側には大雪が降りやすい地形です。
熊が街にでてくるようになったとか、豪雨が増えてきたとか、夏の気温が高すぎるとか、近年でもいろいろな変化が見られる中、それでも自然と上手に共生してきた長年の経験を活かして生活を守っていきたいなあ、と改めて感じさせられます。
解説で著者吉村氏のことを”記録文学者”と表現していましたが、吉村氏の作品はまさにそういう要素が強いですね。
それがすべてを包括していなくても、その一部を丁寧に記録する。すべての記録が存在するわけではないけど、その隙間を小説としてつなぐ。
そこが吉村作品の魅力の一つです。