今年の節分は2月2日。
例年より1日早いんですね。といっても2021年以来。ただその2021年のときは124年ぶりの2月2日だったそうです。
節分はご存知のように、季節の分かれ目で、立春、立夏、立秋、立冬の前日が節分の日と定められています。
とはいえ、今は立春の前日である2月だけ節分として残っていますね。

実家から帰るときに母から「これ飾りなさい」と渡された柊(ひいらぎ)(^^)
煮干しの頭を飾るのですが、匂いがあるので袋詰になった煮干しで代用(笑)
ちょうどハウスに帰宅したときにハウスメイトたちが何人かいたので、「よし豆まきやろう!」と声をかけたのですが、ちょうどお昼時で「え、いま?」と若干戸惑いが見られたので、「じゃあ、あと1時間後」と仕切り直し。
1時間経って「やるぞ〜」と声をかけたけど、1人は出かけてしまい、1人は昼寝(笑)
「やっぱり思い立ったときにやればよかった」と後悔するもときすでに遅し。
それでも2人ハウスメイトが出てきてくれたので豆まきやりました。

ハウスメイトが自ら鬼役を買って出てくれました(笑)

鬼は〜そと〜。豆にのけぞる鬼(笑)

そして、「福は〜うち〜」と豆まき。
先日入ったばかりの海外からきたハウスメイトも一緒に、「ふくは〜うち」。
彼はハンガリーから来てくれた新しいハウスメイトです。
来て早々に、日本の伝統行事(?!)にデビューしました(^^)
さて、節分になぜ豆をまくのか。そしてなぜ豆を食べるのか。
農水省のページにその理由が記載されていました。
節分(2月3日)に豆をまくのは、お米と同じように私たちのエネルギー源であり、霊力をもつといわれる豆で、病や災い(=鬼)を祓い、その豆を食べることで力をいただけると考えられたからです。
この考え方が、中国の古い鬼追いの行事「追儺(ついな)」と合わさり、広まったとされています。
だそうです。(農水省のページから抜粋)
年の数だけ食べる風習は、長寿健康を願ったものと言われているようですね。
子供の頃は、豆をたくさん食べられる大人がとてもうらやましかった覚えがありますが、今自分の年令だけ食べようとすると、ま〜いい量になります(笑)
節分の日はいたるところから「鬼は〜外」「福は〜うち」という掛け声がよく聞こえたのですが、最近はなかなか聞かないですね。
せいぜいお寺などで著名人が豆のはいった袋をばらまくシーンくらいでしょうか。
根底には食べ物への感謝と畏敬、健康長寿への願いがあると思うのですが、なんとなくそういった感覚が希薄になりつつあるような印象があり、それはそれでもったいないなぁとふと思う次第です。
当たり前のことが、当たり前であることにはとても多くの人達の活動があってのことだと思います。
だから当たり前のことが当たり前であることに素直に感謝していいと思っています。
八潮の陥没事故は、そういったことを改めて問いかけている気がします。