昨日のブログで「遊びと利他」という本をご紹介させていただきました。
その中で私が印象に残った言葉の一つが「自利利他」ということも合わせてお話させていただきました。
ちょっとその「自利利他」についてもう少し触れてみたいと思います。
そもそもこの「自利利他」という概念は、自己の利益と他者の利益を同時に追求する生き方を指す言葉で、大乗仏教における菩薩の理想的な在り方を表している言葉として知られています。
(引用:自利利他の精神を持って、自分と他者の幸せを同時に追求する | 浄土真宗 慈徳山 得蔵寺)
自分の成長や成功が、他者や社会への貢献につながる考え方として、ビジネスやリーダーシップ論でも取り上げられることがあります。
(例:「自利利他公私一如」 | 今に生きる住友語録 | 住友グループ広報委員会)
この考え方を日本にもたらしたのは、平安時代の最澄と空海と言われています。
ただ、最澄と空海、この自利利他については若干解釈が違う模様。
まず、最澄。
最澄は「山家学生式(さんげがくしょうしき)」の中で、「忘己利他(もうこりた)」という言葉で、「自分のことは後にして、まず人に喜んでいただくことをする、それは仏さまの行いで、そこに幸せがあるのだ」と説いています。
(引用:天台宗 > 天台宗について > 法話集 > 忘己利他(もうこりた…己を忘れて他を利する))
また「願文(がんもん)」では、自分一人の悟りではなく「一切衆生(すべての人々)」と共に仏道を歩むことにあると述べています。
(引用:天台宗 > 天台宗について > 法話集 > 「願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道」(がんにしくどく ふぎゅうおいっさい がとうよしゅじょう かいぐじょうぶつどう))
仏教の教えでは、自利は「自己の修行」、利他は「社会(国、民衆)の利益」をさします。
これらから、最澄には「自己の修行と社会の利益は同一である」という考え方が表れているように見えます。
一方の空海。
「即身成仏義(そくしんじょうぶつぎ)」では、大日如来の智慧と慈悲を修行(=自利)によって体得し、自ら仏となることで他者を救済できる(=利他)と説いています。
(引用:https://www.koyasan-u.ac.jp/laboratory/pdf/kiyo05/5_murakami.pdf)
空海は修行してこそ、というスタンスを持っていたので、「まず自利、その先に利他」という姿勢を感じます。
ここが若干最澄とスタンスが異なるように感じるところです。
ですが、己を極めて社会に貢献できる存在になるべきといっていることから、修行でとどめるのではなくその先に社会貢献をしなさいといっていることから、自利と利他は切っても切れない関係にある姿勢は、最澄も空海も共通しています。
自分も生き方のスタイルとして、自利利他でありたいと思いつつ、まだまだ”修行”がたりてないようで、一生懸命”自利=修行”をしています^^;;
この自利と利他。”自”は自分のことだからいいですが、問題は”他”をどう定義するか。
自分以外を”他”と定義するのは簡単ですが、これはこれで簡単ではない(^^)
誰かにとっては役に立つことが、別の人にとっては迷惑、なんていうことも十分ありえる話ですよね。
大きなことは言えないので、今の環境で”利他=役に立つこと”ができるよう、”自利=修行”に励みます(^^)

先日の朝食。
タンパク質と野菜を一緒にとれる、ということで手羽元とキャベツと人参のスープ。
前日の夕食の残りを温めただけ^^;;
手羽元は最初に表面を焼いてから鍋へ。
味付けは鶏ガラ。塩はほんの少しで十分。胡椒を多めに入れてちょっと刺激的にしています。
簡単に作れるし、結構美味しい(^^)
手羽元からコラーゲンたっぷり補充できます。私は軟骨もがりがり食べちゃいます。
食物繊維;キャベツ、人参、納豆、のり、らっきょう
炭水化物:ごはん
クエン酸:梅干し
乳酸菌:ヨーグルト
コラーゲン:手羽元
ミネラル:のり、手羽元の軟骨
ということで、栄養的にもまずまず(^^)