48歳からの挑戦

47歳で脱サラ、48歳で起業したおじさんの奮闘ぶりをご紹介しています

読書会〜イン・ザ・メガチャーチ

 

今回の読書会の課題図書はこちら。

 

久しぶりに小説です。

 

昨年12月に「マネーボール」を扱いましたが、ドキュメンタリーに近かった印象で、純粋な小説となると昨年7月の「成瀬は天下を取りにいく」以来です。

 

www.almater.jp

 

本書Kindleで読んだのですが(書籍が好きだったのですが、半額セールにのっかってしまいました^^;;)、目次がなく、突然「1 久保田慶彦」というサブタイトルで物語がスタートします。

 

どうも、離婚して娘とは定期的にオンラインで会話しているが、どうもさみしい思いをしているらしい。

 

この久保田慶彦が「わたし」とした目線で語られています。

 

音楽関係の会社でアーティストを世に出していく仕事をしていたようだが、今はバックヤードで悶々としている。

 

続いて「2 武藤澄香」というサブタイトル。

 

先程登場した久保田慶彦の娘である。離婚して姓が母方になったのかもしれない。

 

今度は武藤澄香が「わたし」になります。

 

留学を夢見て留学を前提とした大学へ入学する。

 

しばらく読むと「3 隅川絢子」と、また別の登場人物のサブタイトルがでてきた。

 

これまでの流れをうけて、今度は隅川絢子が「わたし」です。

 

アイドル推しの活動に熱心な社会人(もしかしたらパートかな)の模様。

 

そのまま読み続けると「4 久保田慶彦」と最初の久保田氏に戻った。

 

なるほど、複数の場面を同時並行していくパターンか、と漠然とイメージが浮かんできます。

 

そう、この小説は3人のストーリーが同時並行していきます。

 

共通項は「アイドル推し」で、「推し」活動にそれぞれのスタンスで関わっていき、その過程のなかで生きるについて考え、気付き、悩み、葛藤していく、という心の内側を描いた作品です。

 

小説とはいいながら、アイドル推し活を”する側”と”しかける側”、”外角から見る側”と”内側から見る側”、”新たにのめり込んでいく側”と”ドロップアウトしていく側”、と双極に登場人物がそれぞれ立つことで、読者はその世界を俯瞰してみれるような印象です。

 

 

 

「チャーチマーケティング」という言葉が本書に登場してきます。

 

主にアメリカのメガチャーチ(大規模な教会)などで見られる、教会の信徒獲得やコミュニティ拡大のためにマーケティング手法を取り入れる戦略です。

 

動画SNSTikTok/YouTube Shorts)を活用した感情に訴えかけるストーリーテリング、体験談の共有、現代的なイベントを駆使し、若年層や非信徒へのアプローチを強化する手法です。 

 

この小説ではまさにこの「チャーチマーケティング」が描かれています。

 

その手法や影響はなかなかエグい。

 

宗教活動、革命、ファシズム、極右活動、極端な社会活動などでこういった手法は世界中で展開されているのでは、と感じます。

 

 

 

他人事のように語っていますが、私だっていつ何時このようなマーケティングの傘に覆われてしまうかわかりません。

 

思い出すのは、中学生のころ文化祭で声をかけられたお兄さん(たぶん大学生と思われる)に、「今度喫茶店で話しよう」と誘われたときのこと。

 

なんか自分が少しおとなになったような興奮で親に話をしたら、親が心配をして私に内緒でこっそりと担任の先生に相談し、同級生でしっかりした友人を一緒に連れて行くことを条件に許してもらったことがあります。

 

当時はまだ過激派の活動が活発で(成田は暴動が頻発していた)、親と担任の先生はその過激派の勧誘であることを恐れた模様。

 

一緒にきてくれた友人はほんとしっかりした信用ある人で(後に警察組織のほぼトップになったんですよね)、一緒にきてくれたことに何の違和感も感じず、まあ普通におしゃべりして終わりました。

 

実際はどうだったかわかりませんが、私もあっという間に流されてしまう弱さをもっていたし、今も持っているかもしれません。

 

視野狭窄にならないように視野をひろげましょう!といって別の世界で視野狭窄に陥っていく様子が本書でも描かれています。

 

チャーチマーケティングの成功の秘訣は、対象者をどんどん視野狭窄に貶めること、なのかもしれません。

 

一方で「夢中になる」って、一種の視野狭窄状態であり、その状態にあるときは一種の充足感が得られるもの。

 

それって実は幸せの断片でもあるんじゃない?

 

そんな見方もありそうです。

 

スーパースペシャリストはそんな人達かもしれません。

 

このブログでも何度か「夢中になれるものを見つけたい」と書いたことがあります。

 

願望はあるんですよね。

 

それって、狭い世界に閉じこもれることで自分のエネルギーを発揮できることへの期待感でもありそうです。

 

本書で「皆、自分を余らせたくないんです」という言葉があります。

 

「精一杯」という言葉が当てはまるのが、まさにこれ。

 

 

 

視野狭窄がいいかどうか、という話ではないんでしょうね。

 

「あなたはどう生きたいんですか?」と問いかけをされているように感じます。