このブログでも何度か「還暦祝い」のタイトルをつけた投稿をしてきましたが、先月”無事”(笑)還暦を迎えました。
たくさんお祝いのメッセージやプレゼント、企画をいただきました。
生まれてこのかた60年、こんなにも祝っていただいたのは記憶にありません(笑)
大変ありがたいことで、この場を借りて改めて御礼申し上げます。(ぺこり)
何度も自分で文字として表してきましたが、改めて”還暦”を迎えた所感を。
還暦、すなわち60歳とは。
孔子曰く「六十にして耳順う(みみしたがう)」:自分と異なる意見や、耳の痛い忠告、批判などを聞いても、感情的に反発せず、穏やかに受け入れられる寛容な境地
円熟の域はまだまだ遠い・・・
私が新入社員だった頃の60歳の方は、まさに定年を迎えられる大先輩。
著名人で言えば、西村京太郎、平山郁夫、竹村健一、藤岡琢也、ハナ肇、名古屋章、京塚昌子、クリント・イーストウッド、レイ・チャールズ、ショーン・コネリー、スティーブ・マックイーン、先日亡くなった鈴木敏文・・・
自分の小物っぷりにただただ唖然・・・
自分が子供の頃にみたご年配の中にはまさかの年下も。
磯野波平54歳:私が高校3年生の時の小学6年生とはとても思えない・・・
バカボンのパパ41歳:もはや逆のジェネレーションギャップ・・・
救いはバック・トゥ・ザ・フューチャーのドクが65歳だったことだろうか。
まあ、昔の60歳って貫禄、威厳、風格が備わっていたように思えます。
60年間に培われてきた年輪の違いでしょうか。
さきほど登場した「私が新入社員のころの60歳」の方々、第二次世界大戦の終戦時に15歳という多感な時代を過ごしてきた人たち。
敗戦国だった日本人であれば、それまでの価値観を黒塗りの教科書で一夜にして否定されるというカルチャーショックと貧困に直面した人たちです。
織田信長は47歳、豊臣秀吉は62歳でこの世を去りました。
多くの子供たちが15歳になる前に亡くなっていたのはそれほど昔ではないようです。
そんな歴史がありながら私のような者が還暦をあっさりと迎えることができたのは、平和な環境で生きる世界に身を置くことができた幸運以外の何物でもないだろうとつくづく思います。
戦乱の地に生まれていたら果たして今日を迎えることができただろうか、と。
この地で自分をこの世に送り出してくれた両親に感謝です。
この60年で得たもの、それは「身の程を知ること」かもしれません。
遅まきながらやっと自分がこんな人間であることを受け入れて、自己認識できるようになってきたかな、と。
体のこと、メンタルなこと、好み、価値観など。
それにしても、50代になって身体が思うようにいかなくなってきた自覚はありましたが、60になると一段と思うようにいかないですね(笑)
それらをわかった上で、無茶をしなくなった、いや、”できなく”なりましたが、今なりのチャレンジを楽しむモードにはいってきた感じです。
「100歳でフルマラソン完走」が当面の目標なので、これからの”40年”を大いに楽しもうと思います(笑)

母からのBirthday Cardです(^^)
”Push”を押すと、ドリフターズの”いい湯だな”が流れてきます(笑)
そんなおちゃめな母との時間も、私にとっては大切な時間であることをやっと分かる年代になりました。