先日のNHKスペシャル「私の往生際〜養老孟司が見つめた”生と死”」。
「バカの壁」で一躍一般人に知られる事となった養老孟司氏の密着ドキュメンタリーです。
解剖学者養老孟司氏(88歳)。
2024年春、5年生存率約10%と言われている肺がんに罹患。
番組の冒頭で養老氏が墓地にいき「どれがいいですか」とスタッフに訊くシーンがある。
答えに困るスタッフに「いろいろ見てると単純な方がいいと思うようになります」と養老氏。
養老氏は生涯かけて「生と死」について探求してきたという。
26年前のテレビインタビューで「死ぬかもしれないとなったらどう自分の考えをまとめていいのかわからない、呆然とするということをよく聞く」というインタビュアに対し、「いや呆然としない。いずれ死ぬことはわかりきっている。生老病死はもともと問題じゃない、そっちが当たり前。だから答えがないのが当たり前。それを受け入れるところから始めなきゃいけない」と養老氏。
そんな養老氏が生と死の間にたたされた。
養老氏の変化したところと変わらないところが、自然体で見ることができる。
養老氏は肺に小細胞肺がんが見つかって抗癌剤で小さくなったものの、反対側の肺に転移したことが昨年判明した。
「これまで死ぬことは大したことない」と言っていた養老氏だが、新しい治療に関する論文を調べていた。
インタビュア「改めてがんになったことにどう感じていますか」
養老氏「この歳(88歳)でない方がおかしいと思っていた」
インタビュア「者の捉え方や時間の使い方に変化はあったのか」
養老氏「ない。それを気にするならもっと前から気にしていた。自分自身死を体験することはできない。(死んだ後は意識がない、ということだと思います)考えてもしょうがない」
子供の頃からずっと楽しんでいるのが昆虫の標本作り。数十万匹集めたらしい。
養老氏「人は生きるというと理屈っぽく説明したがるが、蒸しはただそこに生きている。だから私は虫が好きだ。その虫がたとえ標本であっても私はそれを死んでいるとは思わない。生きていないと死ねないから、死んだ姿も生きているうち。ただいま現在のものに注目すると死しか見えないが、焦点を甘くするとそこにぼんやりと生が見えてくる。」
養老氏の死生観が語られていた。
20年近く飼っていたネコが5年くらい前になくなり、それからずっとペットロスのままだと言っていました。
今でもそのネコの写真を眺めているらしい。
「感情に関するあれこれを、あえて片付けると思うからいけない。傷ができる。触ると痛い。放っておくしかないが、でもときどき触ってしまう。”痛え!”と言ってまだ傷が残っていることを確認する。痛くなるなる時がきたら心のなかに収まるべき適当な場所がみつかったということなのだろう。」
自分のロスの状態をこんなふうに語っていた。
養老氏は解剖学が専攻です。
「基本動かず、しゃべらない死体を前にすると、それを見ながら動いている自分に対する問いかけが多くなる。”見ている俺とはなんなんだろう” ”俺としたいとの違いはどこにあるのか”」(養老氏の著作からの引用)
そして今。
インタビュア「先生の中で何か答えができましたか」
養老氏「死ぬって本当にあるのか疑問である。他人がいなければ死はない。(中略)自分一人で考えて自分一人で済むことってどれくらいあるんだろうと思う。結局昔から変わらない。おんなじことを追っかけているなと思う」
インタビュア「どうなったら治療をやめておこうと思うか」
養老氏「脳転移がおこったら。そこからは際限なくなりそうで、自分の年齢ならいいかな、と」
インタビュア「でも娘さんが・・・」
養老氏「ドクターたちもそうだけど、(みんな)一生懸命やってくれている。そう簡単に本人が諦めたらよくないと思う。それも人生自分だけじゃないって考えることの1つですね。若くて元気なうちは自分だけの人生だと思っていますけど、だんだん人に寄りかかっている部分が多くなってくると、人生自分のもんじゃないって思う。残り時間はわからないから、気にしてもしょうがない」
養老氏が今直面している新たな問題。
養老氏「90まで生きていると”一体なんで生きているんだ”って。生きてるってどういうことなのか、考えるようになる。そして自分の記憶がほとんどない。著作物などをみれば書いてあるからそう思っていたと思えるけど、本当にそれを覚えていたかっていうと怪しい。これはテセウスの船で知られているように、2000年以上も前から知られていること。自分の記憶はこの歳になるとかなりあてにならない。」
インタビュア「では養老氏にとっての生きがいは?」
養老氏「こうなったから考えるんじゃ遅いんだよね。でも考えたって答えがでる問題じゃない。」
養老氏「1人で生きているみたいに思えるけどそうじゃない。他人がいないと意味がないことって、人生の中に山のようにあるので、人がいることのほうが大事じゃないかな。毎日毎日”今日も生きている”って、”人がいるな”っているのを確認することでもある。人間じゃなくて自然との関係でもいい。自然をみていいなと思えることは、死んだらそれはない。」
養老氏がみつめた”生と死”という副題がついているように、養老氏が人生の先輩として”生と死”を見つめて感じたことを語ってくれる番組。
自分の人生観、死生観を考える上で、いいフックになりそうな番組でした。

先日の飲み会の帰りに、満腹中枢が壊れて食べてしまったラーメン(笑)
この背徳感も人生のちょっとしたスパイスなんだろうなぁ。。。