今回の課題図書はこちら。
著者の佐藤優氏は、元外交官であり作家でもあり、マスコミを賑わしたこともあるのでご存じの方も結構いらっしゃるのではないかと思います。
外務省時代は旧ソ連および現在のロシアに関わる業務が専門だったようです。
政治家の鈴木宗男氏と強いつながりがあり、鈴木氏が逮捕されたときに連座する形で逮捕されています。
本書はそんな佐藤氏の自伝的小説です。
生まれた頃から高校に入学するまでの、1人の青年がいろいろな体験を通じて学び成長していく過程が語られています。
正直、とてもおもしろかった(^^)
私は佐藤氏のことはよく知らないので、変な先入観を持たずに本書に入れたのもよかったかもしれません。
優少年は私より6年上の世代になります。
なので、高度経済成長時代や、受験戦争が拡大しつつあった時代は、自分も経験してきたこともあり、何か懐かしい雰囲気さえ感じます。
さてこの優少年、小さいときからずいぶんと客観的で合理的な少年だったもよう(笑)
勉強ができただけでなく、よく考えて自分の意見を持っていたようですね。
なのである意味精神年齢が高い少年だったので、大人もある部分共感持てるところがあり、それがこの小説の面白さの要素のひとつなのかも。
中学生のころから哲学にハマる、とは昔の自分には考えられなかった(笑)
当時は自分で考えていたつもりでも、今から思えば目の前のことを追いかけているだけで、考えて行動するということをしていなかったなぁ、とこの歳になってよく回想するようになりました^^;;
優少年には、ご両親、塾の先生、教会の牧師など大きな影響を与えてきた”大人”の人たちがいたようです。
彼らは決して答えを与えるのではなく、自分で答えを導き出すために自分なりに考えることを求め、優少年は自分なりに考えていく姿はとても興味深いです。
でもそんな”大人”たちにも大人の事情があります。
子供目線ながらそれを見つめながら少年は少しずつ成長していきます。
いろいろな面でたくさんの”先生”に出会ってきた優少年。
自分にとっての”先生”ってどういう人たちがいただろう、とふと思います。
今から思うと、自分の人生はかなり”先生”に依存した生き方をしてきたかもしれません。
子どもの頃は両親かな。親が”良い”と思ってくれることをやっていればよかった。
中学生になって親離れをしはじめ、その後に”先生”だったのは野球部の先輩だったかも。
ここでいう”先生”は、勉強を教えてくれる先生ではなく、当時の自分が進む道を見つける時の指南役的な存在です。
大学に入ってサークルの先輩が私にとっての”先生”でした。
社会人になって、職場ごとに出会った先輩たちが”先生”でした。
自分がいい動きをしているな、と思える時代はだいたいいい”先生”がそばにいたような気がします。
言い方を変えると、”先生”たちがいなかったら、迷子になっていたかもしれません。
自分で考える、という行動が足りなかったのかなぁ、とこの優少年をみて感じます。
ま、終わったことはいまから何言ったって何にもなりません(笑)
そう思えたなら、これから、これから(^^)
少しでも”自分で考え”てみよう(笑)

