読書会のメンバーからのすすめもあって読んでみました。
以前読書会で取り上げた「会計の世界史」とかぶるかな、と思ったのですが違う視点でまとめられているので「かぶる」という印象は小さいです。
「会計の世界史」では、会計という仕組みがどんな変遷を経て今のシステムになっているか、という「会計の仕組み」に焦点をあてています。
一方本書「帳簿の世界史」は、「会計という仕組みがどれだけ世界の勢力地図形成に影響を与えてきたか」というかなり壮大な視点にたっています。
すなわち「会計」は「システムの一つ」ではなく「哲学であり思想でもある」くらいに切り込んでいるのが大きな特徴です。
帳簿という仕組み自体はローマ帝国の時代からあったようで、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスが記念碑に初歩的な帳簿からの転記が確認され、自身の政治的正統性と功績に結びつけようとしていたそうです。
会計の仕組みと政治とは密接にからんでいます。
イタリアルネッサンス時代を支えたメディチ家の没落、あの栄華をほこったスペインの無敵艦隊の敗北、フランス革命によって処刑されたルイ16世、など強きものが滅んでいったのも会計の仕組みが大きく絡んでいます。
一方東インド会社を皮切りに勢力を伸ばしたオランダ、スペインの後世界を征服したイギリス、ブルボン朝最盛期を迎えるフランス、独立後に急速に発展したアメリカ、こういった国々の発展にも会計システムが主役ではないかと思わんばかりに大きな影響を与えています。
世界を変えてきたのは会計のシステムではないか、そう思ってしまうくらい実に生々しく政治・戦争に絡んでいることを紹介してくれているのです。
一方で、本著の序章の末にこのような記載があります。
〜 会計は財政と政治の安定に欠かせない要素だが、信じがたいほど困難で、脆く(もろく)、やり方によっては危険にもなるーこれが中世イタリアの残した教訓であり、今教訓は700年前と同じく今日にも通じる 〜
(「帳簿の世界史」22ページから引用)
そうです、ローマ帝国時代から会計システムを司る者にとって、不正との戦いの歴史でもあったのです。
本著では2008年のリーマンショックの時代まで切り込んでいます。
私がここで「会計システム」という表現を使っていますが、この“システム”は「仕組み」だけを表す狭義ではなく、それを利用する人々及び環境も含めて、の広義で表現しています。
非公開から公開へ
原価計算の概念の誕生
減価償却費の概念の誕生
会計のシステムはどんどん改善されてきたのですが、結局はそれを利用する人々、またあえて利用しようとしない人々によって、政治・経済はアンフェアな状態が続いています。
複雑化に伴いコンサルティング業を始め構造的矛盾を発症させて大手会計事務所を著者は痛烈に批判しています。
資産の流れを公開し監督し説明する立場として生まれたはずの会計事務所は、その立場を利用して自分たちが儲かる方へ流れ、コンサルティング業によって世間をそそのかし、エンロン粉飾決算やリーマンショックを引き起こした、と述べています。
そしてそんなことをおこした会計事務所の誰もが処罰の対象になっていない。
終わりの第13章と終章では著者の憤りを感じました。
本著の特徴の一つに、「様々な絵画を通じて会計を見つめている」という点があります。
実に15枚もの中世の絵画を引用していて、そこから会計と当時の情勢を解説してくれているのです。
ちなみにカバーにある絵は本文の125ページにも掲載されている
マリヌス・ファン・レイメルスワーレ「二人の収税人」(1540年)
です。
本書では
〜 帳簿をつける収税人を描いたこの作品では、大腸、手形、封印、書類箱などの道具類が精密に描写されている。とはいえ、歪んだ表情や仰々しい鬘(かつら)などは、彼らの強欲ぶりや金儲けの野望を暗示しているようだ。このタイプの絵は、会計や商業を讃(たた)えている印象はなく、計算や金勘定をあまり信用するなと警告しているように見える。 〜
と解説しています。(本著125ページより抜粋)
芸術を通じて世情を透察するその着眼点と考察力が特徴的なんです。
話はずれますが、山口周氏の著作「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか」にも通じると感じ、改めて芸術の持つ力に感嘆しました。
今度絵画を観る時は当時の社会情勢や歴史事情を少し予習していったほうがいいなぁ、なんて思いました(^^)
本書の最後には編集部による「帳簿の日本史」を簡単に紹介してくれています。
本著が「世界史」に焦点を充てているので日本ではどうなんだろう、そういう日本読者のために気の利いたサービスです(^^)
また解説は本著に対する理解を助けてくれ、ブロックチェーンにまで言及してくれておりこちらもとても役に立ちます。
そういう意味で本著は、帳簿という切り口で世界の歴史、政治、文化、芸術、そして将来のキーテクノロジーといった幅広い視野を見せてくれた本といえます。
本著の第10章にこんな記述があります。
〜 「権力とは財布を握っていることだ」。アメリカ建国の父たちの一人、ハミルトンはこう喝破(かっぱ)した。 〜
(本著267ページより抜粋)
そうなんです、欲と倫理との戦いなんですね。
「欲」は新しい世界を創り出す大きな原動力ではありますが、同時にアンフェアな状況を作り出し自分の満たすために他者の犠牲を強いる両刃の剣であることを思い知らされます。