今回の課題図書はこちら。水道管の劣化速度をシュミレーションするソフトウエアを開発したFRACTAという会社の創始者である加藤崇氏の著作。
このFRACTAという会社、実は米国で立ち上げた企業で、Fracta Japan株式会社はその日本法人という位置づけ。
「水と空気はタダが当たり前」という恵まれた環境の日本では、アメリカの核の傘の下で安穏とした平和ボケよろしく、”水平和ボケ”していて、実は水道インフラがとても危ない状態になっている、という警鐘を、具体的な事例を交えて鳴らしているのが本書です。
そして、その危機的な状況は日本のみならず、アメリカ、ヨーロッパでも同様であることがデータとともに紹介されています。
この本を通じて水道インフラについての一端を教えてもらった気がします。
そしてその水道インフラの大きな課題が「老朽化した水道管のメンテナンス」。すでに敷設された水道管は数十年で老朽化し破損するリスクが一気にあがります。
そして敷設された環境(土地の成分、雨量の多少、海岸からの遠近、交通量の多少などなど)でその寿命は大きく変わるといいます。
それがなかなか進まない。理由は「カネ」と「ヒト」。今のペースでは老朽化して破損するスピードに交換していくスピードが追いつかない、という。
これには「カネ」と「ヒト」が必要で、現状ではいずれも足りない。
なぜならば、「どこの水道管から手を付けたらいいかわからないのが現状」という。すなわち、老朽化が進んでいるところから手をつけることで、無駄な工事を省くことができるという理屈。
優先順位を適切につけることで、「カネ」と「ヒト」を大幅に節約できて対処が現実的になってくる。
そういった水道管の診断をするのが著者が提供しているサービスFRACTAだそうです。一番危ないところから手を付けることで、老朽化による被害をぐっと下げることが可能になります。老朽化被害による精神的、経済的損失を防ぐという点で、とても社会性が高い。
私にとっては理にかなったソリューション提案に感じました。
水道事業の課題の1つが、「収益性」。
東京などの大都市と、人口が少ない自治体とでは、1人あたりの水道管長の負担、という物差しで図ると大きな差があることを紹介してくれています。
大都市では4〜5メートルある1本の水道管を数人で負担していますが、小さな自治体では1人で数本の水道管を負担しないといけない、という現実。
そんなところに水道法改正法案が可決され、水道事業の民営化が可能になりました。(2019年10月1日)
鉄道、郵便、通信などこれまで公社として実質国有だったインフラがどんどん民営化されていく中で、水道というインフラも民営化に舵をきりました。
インフラ事業の民営化について、著者も水道事業という観点で触れていて共感するところがとても多かったです。
民営化によるメリットはとても大きいことは否定しません。実際サービスが向上されたところはかなりあると思います。
一方で、民営化によって採算性が重視されるため、地方への打撃が大きくなるリスクもあります。鉄道の廃止、郵便配達の効率化などが実際に起きている例です。また外国資本がインフラを押さえてしまい、外交としての影響もリスクにあるのではないか、というのが個人的な印象です。
民営化後に競争社会があるとサービスの向上が進む気がします。日本電信電話公社(今のNTT)がいた通信は、民営化後多くの通信企業がでてきて競争が生まれています。日本航空も全日空という相手がいて競争環境がありました。JRは都市部では私鉄や地下鉄という競争相手がいます。気に食わなければ代替があって利用者が選択できる余地があるから、いい競争が生まれます。
一方、電気、水道は現時点で代替がない気がします。電気事業は格安会社がでてきましたが、大元は大手電気会社の発電機に依存しているわけで(そういう点では通信も似た状況はあります)、しかも二酸化炭素問題もあって国策的な要素が強く、競争が生まれにくい。
そして外国資本におさえられると、ライフラインをたてに外交交渉される恐れを感じます。
民営化のあり方は複雑に多くの要素が絡み合っているので、単純明快なことが言えませんが、ライフラインは”収益”ではなく”安定供給”に優先度があるのではないか、と感じます。
私より一回り年下の著者は同じ大学で同じ学部出身であることを本書で知り、勝手に親近感という先入観を持って読んだから、というわけではないですが、私はこの本に強烈に刺激をうけました。昔ならこの会社に転職を考えたかもしれません。
この本を読んで、遅まきながら水の安定供給を継続していくための大きな課題を見せられ、その課題解決の意義の大きさをぶつけられた気がします。