さて、新庄駅に到着しました。
新庄駅はちょっとユニークな構造をしています。
向こう側1番線、2番線には山形新幹線が停車しています。そして渡しがあって、手前に4番線があります。
こちらが3番線、4番線側です。4番線にはこれから乗る奥羽本線が止まっています。あれ?山形新幹線も奥羽本線を通っていたよね?ここで分断?
そうなんです。昔は奥羽本線は福島から山形、新庄、秋田、弘前と経由して青森まで繋がっていて、上野から寝台特急「あけぼの」や急行「津軽」といった優等列車が直通で走っていたんです。でも今はここ新庄で完全に分断されています。なぜか。
山形新幹線が福島から新庄まで開業するにあたって、ネックになったのが「線路の幅」。新幹線は標準軌(軌間<線路の幅>1,435mm)なのに対し、JRは基本狭軌(軌間1,067mm)と狭いんです。
本来新幹線は、専用の線路を作るのですが、山形新幹線や秋田新幹線は専用の線路をけんせつするのに多大なコストがかかるため、在来線の線路の上を走らせる「ミニ新幹線」構想が採用されました。
これによって、山形新幹線が在来線を通る福島ー新庄間、秋田新幹線では、盛岡ー秋田間で線路を狭軌から標準軌に交換しました。在来線も標準軌の車両に変更。そう、かなり大々的な変更だったんですね。
なので、もう奥羽本線で上野から青森直通、という編成は作れなくなりました。
なお、奥羽本線は福島ー新庄に加えて、大曲ー秋田も秋田新幹線の開業に伴い標準軌に変更されています。ですが、狭軌の線路を大曲ー秋田で並行して残しており、新庄から出発する編成は秋田まで行くことができます。
その結果、の新庄駅の構造で、バリアフリーになっており、全国的に見てもこういう構造は珍しいらしいです。
こちら奥羽本線の車両です。秋田車両センターに所属する701系の電車です。写真はとりませんでしたが、シートはロングシートで、首都圏でみる通勤車両とかわりません。通勤電車として利用されていることが推察されます。
新庄駅から秋田駅方面に向かう編成は1日わずか11本ですが、秋田駅から青森駅方面に向かう編成は1時間に3本前後とかなり多くなります。
新庄では雪国らしいどんよりとした曇り空でしたが、しばらく走ると天気がよくなりました。
が・・・横手に近づいていくと雪の量も増え、視界も悪くなってきました^^;;
1時間半ほど揺られて横手駅に到着。
新庄11:22 12:53横手。
続いて横手駅から北上駅へはJR北上線を使っていきます。ここで再び奥羽本線と東北本線を結ぶことになります。
北上線は非電化路線なので、東北気動車の代表格キハ110系の運行です。
(画像:全国鉄道路線図.comのページより引用)
こちらが路線図です。
北上線は1920年、横手駅から相野々駅までが開業したのが始まり。翌1921年、黒沢尻駅(現在の北上駅)と横川目駅間が開業。双方から延伸が続いて1924年に全線開通し、横手の横と黒沢尻の黒をとって、横黒線と呼ばれるようになりました。
1954年黒沢尻駅が北上駅に改称、1966年に横黒線も北上線と改称されました。
東北新幹線開業前は、仙台と秋田を結ぶ最短ルートになるため、特急や急行といった優等列車も走っていたそうです。
線路の線形がよかったため、山形新幹線開業のために福島ー新庄が不通になったときは、上野から秋田に向かう列車の迂回路線に、秋田新幹線開業のために田沢湖線(秋田と大曲を結ぶ路線)が普通になったときは、盛岡から秋田へ向かうための迂回路線として活躍していました。
横手駅では「北上線 終点駅」の表示。
奥羽山脈の西側では横手のような曇り空でしたが、奥羽山脈を抜けるとすっかり天気が回復。奥羽山脈を境にして天気がこうも違うとは、自然のなすことはすごいです。。。
北上駅に入ってきました。この先は線路止めがあります。
これがその線路止め。0番線になります。
北上駅に到着しました!
横手14:15 15:36北上。
2日目のゴール盛岡駅目指して東北本線にのります。車両は盛岡車両センター所属の701系。奥羽本線と同じ701系で、朝一ノ関と小牛田間で乗ったE721系とは異なります。
新幹線は使わずあえてのローカル線。
車内は学生など地元の方たちが多く乗っていらっしゃったこともあり、イマイチ小っ恥ずかしくて写真を撮れませんでした^^;;
日もくれかけた頃、盛岡駅到着です。
北上15:40 16:30盛岡。ざっくり50分、と結構かかるんですね。首都圏だと東京から大船まで行けます。
いや〜、2日目もたっぷり乗りました(^^)
朝6時から夕方4時半までの10時間半(^^)
明日は秋田県内を周ります。