48歳からの挑戦

47歳で脱サラ、48歳で起業したおじさんの奮闘ぶりをご紹介しています

東北乗り鉄の旅〜〜4日目JR仙山線

東北乗り鉄の旅もいよいよ最終日、4日目に入りました。この日は仙台から東京を超えて箱根まで移動です。仙台からはやぶさにのって東京に出れば早いのですが、それでは”乗り鉄”としては今ひとつ物足りない^^;;ということで、遠回りしていきます。

 

まずは、仙台から西へ向かいJR仙山線にのって山形駅に向かいます。

Google mapの仕様の関係で、山形駅をゴールにすると、バス路線が優先されて表示されちゃうので、一つ手前の北山形駅に設定しています^^;;

 

こちらが仙山線の路線図です。

 

東北本線の仙台駅と奥羽本線羽前千歳駅を結んでおり、1日に3往復快速が走っています。

 

奥新川と面白山高原の間に宮城県山形県の県境があります。

 

この路線もちょっと読み方が難しい駅がちょっとあります(^^)

 

愛子:「あいこ」ではありません(^^)「あやし」と読みます。

奥新川:「おくしんかわ」と読んでしまいそうですが、「おくにっかわ」です。

 

また駅名に「羽前」が着く駅がありますが、山形には「羽前」が着く駅名をちょくちょくみかけます。今回は乗りませんでしが、山形駅からでている左沢(あてらざわ)線では12駅のうち4駅に「羽前」がついています。

 

これは、今の山形県秋田県のあたりは「出羽国」と呼ばれていましたが明治になって山形県側(酒田などの一部を除く)を「羽前国」、秋田県側を「羽後国」と分割されたことの影響が大きいようです。

 

なので、山形県には「羽前」がつく駅名が、秋田県は「羽後」が付く駅名をみかけます。

 

似たような地域名は、昔の陸奥国が分割して現在の青森県あたりの「陸奥(むつ)」岩手県あたりの「陸中」宮城県あたりの「陸前」に分割し、3つの陸をあわせて「三陸」と呼ばれるようになった東北太平洋側の地域や、福井から新潟にかけての「越前」「越中」「越後」にもみられますね。

 

他にも「肥前」「肥後」、「備前」「備中」「備後」など。

 

おっと脱線した・・・^^;;

 

仙山線は1929年、仙台側から伸び始め、まず愛子(あやし)までで開業します。2年後にはさらに作並まで延伸。作並は作並温泉があるので、温泉客を運ぶことができたかもしれませんね。

 

一方山形側からは1933年に山寺までが開業。そして1937年に作並ー山寺間が開通し、全線開通となりました。

 

仙台駅ホーム。東照宮とある方が仙山線東仙台とあるのが東北本線です。

 

車両は交流電車のE721系です。本当はトイレがついていたはずなんですが、乗った車両からはトイレの位置が確認できず、1時間半大丈夫かと実はひやひやしていました(笑)

 

朝出発したせいか、雲の中を走っているようでした(^^)

 

仙山線の起点(終点)である羽前千歳駅。ここから仙山線は、奥羽本線に入って山形まで行きます。

 

おや、ちょっとまてよ。。。

 

先日も触れましたが、確か奥羽本線の福島ー新庄間は、山形新幹線のために線路幅が標準軌に置き換えられていたはず。仙山線狭軌なので、走れないんじゃないか?

 

と思って先頭車両から線路を眺めてみると・・・

これ先頭車両なんですが、この光景に違和感を感じられる人は、”乗り鉄”の才、あり!です(笑)

 

日本では車も電車も基本左側通行。なので、これが先頭であれば、本来左側の線路を走らないと行けないはずなんです。

 

ところがこの編成は右側を走っています。逆走?んなわけがない(笑)

 

そう、右側で今こちらが走っている線路は狭軌仙山線専用。左側は標準軌奥羽本線用なんです。

 

標準軌狭軌が平行して走っているのは、秋田新幹線が通る奥羽本線の大曲ー秋田間もそうみたいですね。

 

全国でもなかなか珍しい光景なんです。

 

山形駅に到着しました。

 

仙台7:14 8:41山形。

 

なお、今回乗った編成は、運転手さんの車掌さんも女性の方でした。

ちょっと後ろから失礼して・・・

 

昔は男性ばかりでしたが、こういうところでも女性が活躍されていて、とてもかっこよかったです(^^)