弊社のロゴマークですが、ちょっと趣がいつもと違います。
このロゴプレート、スペインタイルで作られているんです。
このブログでも何度かご紹介させていただいている宮城県女川町の「みなとまちセラミカ工房」さんが作ってくれたスペインタイルです。
クラウドファンディングのリターン品ということで、作っていただきました(^^)
手前味噌ですが、弊社のロゴマークはとても好きで、それをスペインタイルにしてもらっただけでも嬉しいのですが、この色合がまさに私好みの紺色で感動しています(^^)
弊社にとっても、私にとっても宝物になりそうなタイルです。
2011年3月11日の東日本大震災で、女川の街は津波に襲われ、津波が引いた後は真っ茶色の地面ばかりだったそうです。
津波が引いた後の女川駅付近。(出典:女川町 東日本大震災記録誌より引用)
奥の電車は津波で高台の墓地まで流されたものだそうです。
身内や近隣の方々が犠牲になり、周りは跡形もなくなくなってしまったところから、「この茶色の街を色鮮やかな街に変えたい」ということで立ち上がったのが、みなとまちセラミカ工房の代表をしていらっしゃる阿部鳴美さん。
初めてお会いしたのが2014年4月。
当時通っていたビジネススクールの企画で、海外からの留学生と一緒に震災の現場を見て、そこから立ち上がろうとしている人々の声を聞こう、というツアーに参加した時でした。
女川町長(当時も現町長の須田町長でした)のお話を伺い、地元企業の方のお話を伺い、そしてここみなとまちセラミカ工房で、タイル作りの体験をさせていただきました。
その時に、何か小さいけれども強い光をなんとなく感じて東京に戻った後も何か気になっていました。
訪問したときは自分でシェアハウスの運営する事業を立ち上げようと決めていたときで、この2ヶ月後に法人登記をします。
なので自分が運営するシェアハウスにこのタイルを使えたらなぁ、と思ったんです。
翌年の4月、私がMBAシェアハウスを運営することが内定したときに再びみなとまちセラミカ工房さんを訪問しました。
このときは仮設で高台にある学校のグランドに仮店舗を設置し運営されていました。
そこで阿部さんとお会いすることができて、「実は自分が運営するシェアハウスにプレートを置きたい」という相談をさせてもらいました。
これは当時のブログ。
話がまとまってMBAシェアハウスの各部屋番号がかかれたプレートを設置することに。
いや〜、うれしかった。
みなとまちセラミカ工房さんがクラウドファンディングをされたときはまっさきに応援させていただきました。
それからそのリターン品をいただいたりして、私の部屋にはスペインタイルが随所に見られます。(^^)
2016年までは仙台時代の元同僚たちとのゴルフコンペに参加していたので、毎年4月に女川にお邪魔していましたが、2017年から業務が多忙になってきたためコンペにも参加できなくなり、昨年からはコロナの影響もあってなかなか伺えてません。
コロナでは東京の人間は一番危険人物なので、旅行してもよさそうな状態になったらぜひ女川に行き、新しくなったみなとまちセラミカ工房さんにお邪魔したいなと思っています。
女川での私の楽しみは、みなとまちセラミカ工房さんの他に
・おかせいの女川丼
・女川駅に併設している温泉「ゆぽっぽ」
は楽しみたいです。
できれば仙台市に前入りして、午前中電車で女川へ。
みなとまちセラミカ工房さんにお邪魔して、お昼はおかせいにいって女川丼(^^)
お腹いっぱいになったところで女川駅の「ゆぽっぽ」で電車の時間までゆっくり温泉。
ここはたたみの広い休憩所があるので寝っ転がって昼寝もできる(^^)
なんせ電車は午後6本しかないから、乗りそこねると大変(笑)
時間があれば、ビジネススクールの知人が運営している「エルファロ」というトレーラーハウス宿泊村に宿泊してみたい。
2014年のツアーのときもお世話になったところです。
あの震災から10年。
多くの命と思い出が流され、埋められ、壊された一方、震災があったからのご縁もありました。
みなとまちセラミカ工房さんとのご縁はまさにその一つ。
私がビジネススクールに通うことになったのも、退職して独立することになったのも、この震災が大きなきっかけとなりました。
現実を受け入れることと、そこからくる変化やご縁というものに向き合っていくことが生きる術のひとつということを、震災が教えてくれた気がします。