48歳からの挑戦

47歳で脱サラ、48歳で起業したおじさんの奮闘ぶりをご紹介しています

東海道五拾三次ウォーキング 岡崎宿二十七曲り

岡崎宿まできて、次は知立宿を目指すのですが、その前に岡崎宿には、「二十七曲り」と呼ばれる連続した曲がり角があります。

 

「二十七曲り」についての説明は岡崎市のホームページから引用します。

 

徳川家康公が関八州の太守として駿府城から江戸に入ったのが天正18年(1590)8月。同年10月には、豊臣側の田中吉政岡崎城に入城して城下の整備にとりかかりました。慶長6年(1601)に藩主となった本多家が城下町整備を引き継ぎ、矢作川に初めて橋をかけ、菅生川の南にあった東海道を城下へ引き入れました。変更が重ねられた東海道は、慶長14年(1609)以降、まちの防衛と街道筋の伸長のために曲がりくねり、「東海道岡崎城下二十七曲り」と呼ばれる街道となりました。

城下の道は、外敵には城までの距離を伸ばし、間道を利用して防衛することができる屈折の多い道が常で、岡崎はその典型。これが二十七曲りです。吉政は10年かかって二十七曲りの城下町を造ったといわれていますが、徳川の安定政権が続くと防衛の意味もなくなり、城下町・宿場町として栄えていきました。二十七曲りは、欠町、両町、伝馬通から籠田町を抜け、連尺通、材木町、田町、板屋町、八帖町矢作橋とつながっており、現在のまちなかに、二十七曲りを示す碑を見つけることができます。

(以上岡崎市ホームページから引用)

 

ということで、このくねくねぶりをご紹介します(^^)

 

現在コンビニですが、敷地前に「西本陣跡」の石碑がたっています。ここを撮影している側に曲ります。

 

この曲がり角を右折します。奥に茶色い標識が立っていますが、これが二十七曲りの角を表す目印になります。

「いろはにほへと」の順に文字が振られていて、ここは「へ」になるので、6番目の曲がり角、となります。

 

岡崎城の江戸側の玄関口がこのあたりです。

 

玄関口から道路を渡ると籠田公園になり、東海道はここを突っ切るコースになります。

 

公園を出ると交差点に出るので、ここを左折。

 

 

岡崎城対面所前」と書かれた石碑を右折。

 

すぐにT字路にぶつかるのでここを左折。標識は「ち」なので、「いろはにほへとち」で8番目の角ですね。

 

そしてすぐに右折。

 

名古屋銀行が目印でここを左折。

 

わかりにくいですが、このDyDOの自動販売機があるところを右折。

 

そしてファミリーマートをみたら左折。角に標識がたっていて「ぬ」とかかれていますから、「いろはにほへとちりぬ」で10番目の角ということ。

 

先程8番目の角から4個目の角なので、計算があいませんが、多分昔の道路から変わってしまったのだと思われます。

 

「ぬ」の次は「る」ですね。11番目の角。ここを左折します。

 

川沿いの細い道を歩きます。

 

大きな道路にでてここを右折。橋を渡ります。

 

橋を渡ってすぐに道から降りるように階段を降りていきます。ここに「を」があるので、昔はここで右折だったんでしょうね。

 

電信柱の右側に標識があり「わ」とありここを左折。「いろはにほへとちりぬるをわ」で13番めの角。

 

国道1号線にぶつかるのでここを右折します。

 

あの歩道橋を渡って1号線を超えてきました。そしてここを左へいきます。

 

こんな具合に石碑がたてられています。

 

ここに「か」があるということは昔はここが曲がり角だったのかもしれません。「いろはにほへとちりぬるをわか」なので14番目。

 

なんの変哲もない道路ですが、左側にある階段の下に石碑があります。これを目印に右折です。

 

松葉総門跡。岡崎城の京都側の入口になります。「た」があるので、「いろはにほへとちりぬるをわかよた」で16番目。

 

岡崎といえば八丁味噌。私も昔出張で来ていたときは毎日のように赤だしの八丁味噌の味噌汁を飲んでいました(^^)

 

八丁味噌の老舗カクキュー。1645年創業だそうです。

 

そしてこちらも老舗の「まるや」。こちらはなんと1337年の創業。なんと685年も操業しているんですね。すごい!

 

この建物の向こう側は矢作川になります。ここを右折。

 

これは左側からきて橋を渡ろうとしているところ。矢作橋になります。

 

矢作橋を超えてすぐにこの左手に回り込んで下道に降ります。これで岡崎城とはお別れです。

 

地図にするとざっくりこんな感じ。おそらく区画整理などもあって、江戸時代の二十七曲りがそのまますべて残っているわけではなさそうですが、それでもたくさんの曲がり角があり、標識などがないとこれは先に進めませんでした^^;;

 

余談ですが、昔出張で来ていたときはこの地図に見られる東岡崎駅周辺のホテルで滞在していました。JRの岡崎駅より、名鉄東岡崎駅の方が栄えていましたね。

 

ホテルを朝7時にでてタクシーで30分弱かけて工場へ向かい、工場の食堂で朝食をとり、朝8時過ぎの始業時間から仕事を始め、夜10時、11時、時には12時を回ることもあり、タクシーでホテルに帰宅。それから駅前の居酒屋で同僚たちと飲んで3時位に寝る、みたいな生活をしていました。

 

月曜の朝東京をでて、金曜の夜に戻るという出張パターン。

 

だんだんと金曜残業、土日も出勤するようになり、金曜に帰らず2週間滞在ということもざらでした。

 

30代前半のころで、体力、気力ともにたっぷりあった頃ですね(笑)

 

いや〜懐かしい(^^)