48歳からの挑戦

47歳で脱サラ、48歳で起業したおじさんの奮闘ぶりをご紹介しています

父、その後(8)

先日は父が退院して抗がん剤治療が始まることをお伝えしました。

 

抗がん剤治療は、薬の濃度が低いことも会って思ったほどきつくなく、投与当日は比較的元気で翌日少し吐き気があったようですが、吐き気止めの薬で対処。まずまずだったのですが、その週末に発熱して再び入院。退院してからわずか3週間でした。

 

原因は今回も胆管炎もしくは感染症による炎症によるもので、炎症を抑えることで病状はよくなってきました。

 

しかし今回の入院ではいつもと違うことがおきました。

 

1つはせん妄。認知症と同じようですが、認知症が慢性なのに対しせん妄は急性。環境が変わることで治るケースが多いそうです。今回父は最初は感染症が疑われたため隔離目的で個室に入っていたのですが、その個室から大部屋に移ったらせん妄は収まりました。

 

せん妄は治ったのですが、個室にいた時はトイレに自分でいけずおむつを使用することに。父としてはかなりショックだったのではないかと想像します。

 

病院からも「できるだけ早く退院した方が認知機能的にもベター」ということで2週間ほどで退院できました。

 

退院したとはいえ、ずっとベッドで横になっていたためか、立つのも大変らしく。病室からでてきた時は車椅子。妹の車で実家へ送り届けたのですが、車から降りて10メートルほど歩いたらそこで息切れしてしまいました。

 

かなり体力が落ちていると感じます。

 

それでも父は自分の家に戻れたのが嬉しかったようで、病院ではほとんど食事を口にしなかったのですが(父は病院食がかなり嫌いらしい・・・)、家では母の作った食事を、量は0.3〜0.5人前程度ですが、食べることができ、「ゆっくりやっていこう」なんて話をしていました。

 

それでも父はきついようで、ベッドで横になることが多くなり、定期的に薬を飲む時、インシュリンの注射を打つ時以外はほぼ寝ている、ということが多くなってきました。

 

トイレに行く時もベッドから身体を起こして数分頭を垂れて座っています。立てないんですよね。トイレまでの3メートルくらいまでを壁を支えになんとか歩いてトイレに入りますが、なかなか排泄できないのと、トレイの温かい便座が気持ちいいらしく、すわったまま30分じっとしています。

 

退院後は食べられていた食事も、1食抜き、2食抜き、となりほとんど食べれなくなり、水分補給も薬を飲むときだけ。

 

せめてと思って皮下点滴(※)をおこなったのですが、むくみがひどくなるだけで(水分を体外に排出する機能が衰えている可能性あり)大きな効果が得られず、訪問看護師が様子を見に来てくれた時に「このままだと衰弱が激しくなる恐れがある」ということで、訪問医と病院の主治医とで話をしてもらい、また入院してしまいました。

 

(※)点滴も良し悪しあるそうです。栄養分をいれたとしてもそれががん細胞の餌になってしまい返ってがん細胞を活性化させることになること、水分補給にしても代謝が落ちていれば水分を排泄できず身体にたまってしまい、むくみ、腹水、肺といったように体内に水が溜まってしまって悪影響を与えることがあるんだそうです。

 

いつもは炎症を起こして発熱、というパターンだったのですが、今回は初めて症状がない状態で入院することに。

 

妹が車を出してくれて病院へいき、そのまま入院。病院からは「退院した後ご自宅でのケアはご家族の負担が大きくなるので、施設を考えられたほうがいいです」と言われたそうです。事実上「これ以上治療はできません」宣言です。

 

確かに、夜寝付けなくて何度もトイレに行くようになり、しかも足元がふらつくのでその度は母が起こされてしまうため、母も寝不足になって体調を崩す恐れが出てきました。

 

父の意向をできるだけ汲んで在宅でのケアを目指していましたが、母のことを鑑みると施設または転院(※)を考えないとなりません。

 

(※)今の主治医のいる病院もそうですが、通常はなにかしらの病気を治療するのであれば入院を受け入れるのですが、治療することがない場合は入院を受けない病院が多いようです。すなわち末期がんで治療の見込みがなくなったら、最後を看取るまでということは基本的にはやらないですね。ただ一部の病院はそういう患者を受け入れてくれるところもあるようです。病院であればまだ何かしらの治療の余地を残せますが、施設は基本治療するところではないので、見届けるだけとなりしかも高額の費用がかかることになります。

 

平日の一部なら私も実家で在宅勤務しながら対応することは可能ですが、それができない日が週の半分あれば、その分母が負担を一手に背負わなくてはなりません。入院直前に実家で様子を見ていたので、それは現実的ではないなと私も感じます。

 

父は死というものに怖さを感じつつ、生きる尊厳というものにこだわり、それでも家族を気にかけているように私には感じます。先日退院したあとも自宅でおむつをしていたそうです。おそらく万が一粗相をしたら母に迷惑をかけるという父なりの気遣いだと私は解釈しています。(もちろん父はそんなことは口にしません(^^))

 

 

 

 

体力的にも抗がん剤治療はおそらくもう無理と思われ、あとはがん細胞のなすがままになり、その中でできるだけ父の時間のQualityを少しでも上げられるようなサポートをしていく段階に入ったかもしれません。

 

この夏何度か山に行く予定でしたが、すべてキャンセルすることにしました。