NHK映像の世紀シリーズで先日放映された「ベトナム戦争 マクナマラの誤謬」。
第二次世界大戦で高度1万メートル上空を飛ぶB29からの爆撃は精度が低く成果がでない、という問題に対し、当時20代だった若き青年が発案したのが「無差別爆撃」。
「最も低コストで高い効果を上げる」手法としてこの作戦は取り上げられ、日本各地に空襲をもたらしました。
その発案者がマクナマラです。
データ分析の天才といわれ、戦後はフォードに誘われ、そこで得意のデータ分析力で市場調査をし小型の安価モデルを市場に投入、これが見事にあたり、順調に出世していきます。
ついにフォード社長になった数カ月後、合衆国から声がかかります。
当時の大統領は時の人ケネディ。躊躇するマクナマラを前に「僕だって大統領になるための学校は行っていないよ」とケネディは語りかけ、マクナマラはついに承諾します。
そして就任したのが国防長長官。
そして始まったのがベトナム戦争。
戦況が思わしくなくなり、マクナマラはケネディに「撤退」を進言。ケネディもそれに同意し、まず1,000人を引き上げさせます。
このままいけばあのベトナム戦争は収束にむかったとおもわれますが、その3か月後に悲劇が・・・ケネディ暗殺。
後を継いだジョンソン大統領は、「戦争推進派」。ロシア、中国と巨大な共産主義国家がいて、ベトナムが共産主義国家になるとドミノ倒し的に東南アジアが共産圏になるという「ドミノ理論」がアメリカで流行ります。
撤退を進言したマクナマラは、ジョンソンの方針に従い戦争を推進することにしました。「国民が選んだ大統領の指示に従うのが自分の責任」と言っていたそうです。
そしてその後の戦争の悲惨さはご存知の通り。
戦況を把握する指標として「ボディカウント」を命じたマクナマラ。「死体の数(ボディ)を数えて(カウント)その数がアメリカ兵のそれよりも10倍以上ならこちら有利」という判断基準を作ります。
しかし、そのとおりにはなりませんでした。
ベトナム人の死にものぐるいのゲリラ戦による抵抗にアメリカは破れます。
アメリカ兵の死者数は6万人弱。一方南北ベトナム人の死者数は500万人。
一つの指針にこだわったばかりに、戦況が見えていなかった、これが「マクナマラの誤謬」です。
日本のことわざで言えば、「木を見て森を見ず」に近いかもしれません。
ジョンソン大統領は「自分に従順に従う人間を求める。尻を舐めて、いい匂いですねというくらいのやつでなきゃならん」と言ったというエピソードがあるくらい、尊大だったらしい。私はお付き合いしたくないタイプ。。。
(ジョンソン大統領ファンの人がいたらごめんなさい)
最終的にマクナマラはジョンソンとの溝が広がり、国防長官を退任します。
このドキュメンタリーはマクナマラを中心に描いているのですが、私は「ケネディ暗殺の真犯人はジョンソンではないか(※)」という説を思い出し、そちらに関心がいってしまいました。
(※)ジョンソンの元顧問弁護士バー・マクレランは2005年11月に著書『ケネディを殺した副大統領 その血と金と権力』において、ジョンソン真犯人説を発表した (Wikipediaより)
とマクナマラに対してあ〜だこ〜だと私は言えた立場ではない。
私は昔から大局観にどうも欠けているらしい(笑)
子供の頃父と将棋を指していた時に「おまえは大局観がないな」とよく言われたものです。当時は「そんなことないわぃ」なんて言ってましたが、今から思うとあながち父の言い分も否定できない(笑)
将棋の藤井聡太さんや羽生善治さんにはどう見えているんでしょうね。
彼らこそ大局観の達人だろうから、今の世界をふ〜っと俯瞰してみてほしいなぁ、と。
私が行こうとした方向が「あ、詰んでますね」なんてニコニコ言われたらどうしよう(笑)