48歳からの挑戦

47歳で脱サラ、48歳で起業したおじさんの奮闘ぶりをご紹介しています

読書会〜知性は死なない 平成の鬱をこえて

 

今回の課題図書はこちら。

 

文藝春秋から出版された単行本に関連テキストを増補したものです。

 

前回の「天才と発達障害」に続いて心の病気に関する書籍・・・と思いきや、本書はちょっと様子が違います。

 

”元”歴史学者(この”元”を著者はあえてつけて自称しています)の著者が、比較的若くして大学で教鞭を取る職につき、メディアにもでることが多い論客の1人として活躍していましたが、体調が悪化して大学の職を辞することになってしまいました。

 

その体調悪化は「うつ病」によるという診断。

 

会話することはおろか、文字を読むことさえおぼつかなくなるくらい症状が悪化し、そこから治療を経て回復していく中で、これまでの視点に新たな視点が加わって、「知性」というものを眺めた、そんな本です。

 

著者も本書で繰り返し言及していますが、「決して自分に対しての同情を求めているわけでもなく、回復できた自分を認めてほしいといったことでもない」。

 

自分がかかった病気というものを正しく知ってほしいし、能力主義でつらい思いをしている人、孤立している人たちを励ましたい、という真摯な思いが凝縮された一冊といえます。

(表現の一部は巻末東畑開人氏の表現を引用)

 

第1章では、著者が病気を発症するまでの経緯が綴られています。どれが原因、というのではなく、「そういう環境にいた」という事実を知ってほしい、とのこと。

 

第2章では、「うつ病」に対する誤解について、実際に罹患した本人の視点で語られています。

 

第3章では、「躁うつ病」とはどういう病気なのか、について語られています。著者の病気は正確に言うと「うつ病」ではなく「躁うつ病」とのこと。この章はある意味”肝”でもあり、「言語」と「身体」という概念を学びます。そして「知性」ということについてようやく触れられるようになります。

 

第4章では、その知性に対する「反知性主義」について語られています。著者がどういう視点で”反知性主義”を語っているか、そしてその反面である”知性主義”をどうとらえているのかが語られています。

 

第5章では、知性主義が崩れていく様子を、「帝国」「民族」という指標を使って考察しています。

 

第6章では、「病気から見つけた生き方」として、平成の時代について考察してます。

 

そして「おわりに」で閉じられるのですが、その後3つのコラムが増補されている、という構成です。

 

コミュニズムは「共産主義」と訳すのではなく「共存主義」としないと誤解を招く。

・あらゆる資本主義はコミュニズムとのブレンド

・躁はエネルギーの前借り

・属性も能力も問わずに評価してくれる人はいるだろうか

・しあわせとは旅のしかたであって、行き先のことではない(ロイ・M・グッドマンの言葉)

 

病気の話、政治の話、大学の話、時代の話、天皇制の話など、話題が、よく言えば「多肢にわたって」いて、悪く言えば「とっちらかっている」内容なので、読むのにちょっと時間がかかります。

 

ただ、文字を見ることもできなくなった著者がリハビリを通じて、本をかけるまで復活したことを考えると、著者本人にとってとてつもなく大きな壁を乗り越えたのではないか、と想像させられます。

 

私の勝手な印象ですが著者は、まじめで、心優しく、人の幸せをこよなく願うことができる人ではないかなぁ。

 

解説と帯を東畑開人氏が書かれているのも興味深いです。

 

このあとがきがとてもわかりやすい。ほんのタイトルが「知性は死なない」となった理由がわかる気がします。

 

読書会でも一度著書を扱ったことがあります。

 

www.almater.jp