48歳からの挑戦

47歳で脱サラ、48歳で起業したおじさんの奮闘ぶりをご紹介しています

判断軸

体調を崩していた友人がだいぶ復調したので、同世代男女3人でひっそりと快気祝いを行いました。

 

友人が選んでくれたお店がこちら。

tabelog.com

 

日本酒と鶏肉がウリの居酒屋です。

 

お店自体はこじんまりとしていて、カウンター8席、テーブル12席で構成されていて、お邪魔した日は予約で満席でした。

こちらが日本酒のラインアップ。

 

なかなかいいところを揃えている印象です。

 

新政ーゆきの美人ー鳳凰美田ー阿部勘ー紀土といただきました。黒龍にたどりつかず・・・

 

焼き鳥を中心に鶏料理も堪能。

 

我々3人は若干年の差はあれど、ほぼ同じ世代。となると、話題は健康や親の話が自然と多くなってきます。

 

今回の集まりは快気祝いでもあるので、当然のことながら話題は自然とそういう方向に向かいます。

 

3人で話をしていて感じたのは、自分がどう人生をたたんでいくか、端的に言えばどう死んでいくか、ということが自分たちの判断基準の大事な材料となっていること。

 

やれば伸びる若い頃とは違い、学べど記憶ができず、運動すれど怪我を招く上に、固定観念にとらわれて好奇心は下がるし、運動後はなかなか回復しないし、体重は増えるし(笑)

 

「〇〇をやりたいから」

 

「▢▢でありたいから」

 

が行動の原点だったところに、

 

「いい形で人生を終えたいから」

 

が新しく加わった判断軸。

 

病気で長く苦しんで死にたくないから、”ピンコロ”で死にたいから「健康」により気をつけるようになったり。

 

死ぬときは身の回りをきれいにしておきたいから「断捨離」を進めたり。

 

身体の自由が効かなくなったときにそれなりの施設に入れるために「貯金」や「投資」をしたり。

 

そんな視点をもつようになったことに、親の存在は大きい。

 

自分たちの親が介護の状態になったり、亡くなったりすることで、人生の最後の部分と向き合う時間が増えたからでしょうか。

 

私も親の”死”を通じて”生きる”ことを親から教えてもらった気がしています。

 

今回集まった仲間たちも、それぞれの温度感で親を通じて生きることを感じているように思えました。

 

 

 

しかし「人生の終わり」を意識するからといって、成長すること、世界を広げることを諦めることとは違います。

 

むしろ、比較相手が他人だったり社会だったりして、何かに追われるように自分を伸ばそうとしていたスタンスが、自分基準で自分のペースでどう伸ばしていこうか、と落ち着いて思えるようになり、気持ちに余裕がでてきて、チャレンジすることが楽しくなってきた気がします。

 

話が味わい深くなってきたなぁ、とおじいさんのような感慨に浸る還暦前のおっさんでした(笑)

 

快気祝いと内祝いがお二人がそれぞれ用意いていただきながら、私はただいただくだけ、というありがたくも申し訳ないポジションにはいってしまいました^^;;

 

在宅業務の合間に、晩酌のお供に、いただきます。