(画像:Kindleより)
空海でどんな人なんだろうという漠然とした興味を持っていたことに加え、Amazon Primeで無料でKindleが読めるリストの1つだったこともあり、 読んでみました。
作者の苫米地氏の本は以前に「速読トレーニング」で初めて知った人で、この時に「速読はどれだけ下地を持っているか」という根本的なことをちゃんと述べていて、誠意のある内容だなという印象を持っていたのも後押しした理由の一つです。
とはいえ、苫米地氏といえばカーネギーメロン大学の博士号をもった認知科学者という紹介しか知らなかったのですが、実は天台宗を得度してインドの密教寺院の僧院長であり、天台宗ハワイ別院国際部長の肩書ももっているんですね。
その一方である空海の何がすごいのか、を著者の独自の視点で解説してくれているのがこの本です。
空海を理解するためのアプローチがユニークです。
本書ではキリスト教と親鸞の浄土真宗を通じて空海について語っています。
キリスト教にとっての「神」
これらが共通項として浮かび上がってくるというのが著者の切り口です。
空海がどうすごいのか、なぜすごいと著者が評価しているのかは本書を読んで頂くとして、どうして認知科学者の著者が得度するほどに傾倒したのか、にも興味がわきました。
著者は認知科学者として人工知能を作るにあたり、知識や知能の根本を探っていくことで、古今東西の科学者、哲学者、芸術家を研究していったそうです。
その過程で、自分が研究しているテーマについて2600年前に答えをもっていた人に出会ったそうです。
それが「釈迦」だったと。
釈迦の考え方の一つ「縁起」という概念が、論理学における「非単調論理」、ゲーテルの「不完全性定理」、物理学における「不確定性原理」に通じているらしい。
現代の天才が考えてきた理論を、すでに釈迦が考えていたというのです。
私のような凡人の頭はすでにサチっていますが(笑)
そんなすごい釈迦に最も接近したのが空海ではないか、というのが著者の評価です。
本書は空海の思想について紹介をしている第1部と、空海の言葉について紹介している第2部という二部構成で、第2部では言葉とともに空海が残した著作についても紹介してくれています。
司馬遼太郎をして「まったく歯が立たない」という難解なものもあるそうで・・・
ただ入門書についてはこれから読んでみようかと思いました。
人が評価した二次的情報ではなく、できるだけ本人の残した言葉に近い一次的情報にふれることで自分の中に取り込みたいと思うからです。
いまさら当たり前の話なんですが、いにしえより数多の天才たちが深く考えてきたその思想は、その人達に触れることで初めて気づく世界であるでしょうから、頭の柔らかい若い時にもっと触れておくべきだったなぁ、と過ぎ去った時間が恨めしくさえ感じます(^^)
高校の担任の先生は地理の先生だったのですが、ホームルームで「読書として聖書は必ず読みなさい」とおっしゃっていました。
当時は「なんで信仰もしていないのに聖書よまなければいけないんだ?」と全く理解できず、正直馬耳東風でした(^^;;
でも、聖書に書かれていることに基づいた考え、行動、表現などがいろいろなところにあることにやっと気がつき、そんな考え、行動、表現を理解するためには、聖書の内容を知る必要があることを感じています。
シェアハウスの運営は、人を相手にすることが根幹です。
自分がどう行動するかは、周りの人達との関連性の影響を少なからずとも受けます。
人がどんなことを考えどんな行動をとるのか、を考える上で、宗教や哲学といった概念を自分の思考に取り入れることは、何かしらのプラスアルファがあるように感じます。
それにしても私はこれまで本当に宗教、哲学、思想について勉強してなかったなぁ。。。
こんな本も読んでいたのに・・・
子供から学生時代にかけて、嫌いだったのが「読書」「歴史」「英語」。
今はそれらが自分のライフタイムに大きな存在感を示しているのは、なんか不思議な感じです(^^)