今回は保土ヶ谷宿から戸塚宿までの道のりです。
行程はこちら。
東戸塚駅と戸塚駅の中間くらいまで現在の東海道である国道1号線とは違う道、旧東海道を歩きます。
スタート帷子橋からすぐに天王町駅。
相鉄線では2017年の星川駅下りホームの高架までは唯一の高架駅だったそうです。
前職に入社した直後にこの近くのできたてのオフィスビルに拠点ができてちょくちょく通っていました。
今から思えばバブルの一端でした。。。
暫く歩くとJRの保土ヶ谷駅です。
保土ヶ谷駅の西側にある商店街をまっすぐいくと、国道1号線にぶつかり、数百メートルほど国道沿いを歩きます。
これは脇本陣跡。
脇本陣跡の近くに旅籠屋跡があり、古民家がありました。
このお宅は表札があったので、まだ現役で利用されているようです。
この一帯は同じ名字の方の表札が多かったことから昔の地主さん一族なのかなぁ、と勝手な想像をしながら歩きます。
一里塚の跡です。
1里は今でいうと4kmに相当。昔の人はこの一里塚を目安にして歩いていたんでしょうね。
保土ヶ谷宿から戸塚宿にかけてはこのように、史跡や道についての表示がたくさんあり、散歩気分で歩くことができます。
元町ガード(写真右側の線路があるガード)の三叉路を左折。
国道1号線にぶつかる前に住宅街に入っていきます。
ここから権太坂です。
権太坂の名前の由来は「坂の名前を尋ねられた老人が自分の名前をきかれたと勘違いして”権太”といった」という説と「権左衛門という代官によって開発された坂」という説とあるらしいです。
ここまでずっと平地で低いところを歩いてきましたが、ここで初めて坂を登り高台にでます。
なかなかの勾配ですが、昔はもっときつかったようです。
坂を登るとど〜んと富士山!
昔はもっといい眺めだったんでしょうね。
丘の上を暫く歩くと今度は下り坂。焼餅坂というところです。
こちらは品濃一里塚。
当時の塚が両側に現存している珍しい場所です。
結構高い塚だったんですね。
暫く歩くと、お〜〜、東戸塚駅前の高層マンション群!
ここ、東戸塚のシェアハウスに行く時に通るところです(^^)
ここ、旧東海道だったとは知らなかった・・・
しばらくいくと品濃坂上に到着し、道が階段になります(^^)
ここでも富士山がきれいにみえます。
江戸時代の人たちは権太坂から富士山を見ながら歩いていたんでしょうね。
気分があがっただろうなぁと思います。
先程の品濃坂上からはこんな感じです。
階段、歩道橋、って旧東海道でも珍しいところじゃないかと。
このような標識がたくさんあります。
ここで国道1号線と交差して裏側に回ります。
ここも進行方向に富士山がど〜ん。
昔は電線もビルもなかったでしょうから、富士山に向かって歩くイメージだったでしょう。
国道1号線に合流して江戸方見付跡。
ここは大手スーパーがあり、新旧のマイルストーンとなっていました。
ここでトイレ休憩をして水分を調達。
途中でみかけたマンホール。
戸塚宿と箱根駅伝というこれも新旧のシンボルを同じ絵柄におさめたもの。
戸塚区は東海道を意識したデザインをしているんですね。
そして柏尾川にかかる吉田大橋に到着。
広重の戸塚宿がここで描かれたものらしいので、ここで記念写真。
ここのお茶屋があれば、私も大福とお茶をいただきたかった(^^)
10km弱のウォーキングでした。