今回の課題図書はこちら、「安心社会から信頼社会へ」でした。
「人を信じること」はおろかなお人好しのすることでしょうか、それとも誰も信じなくて「人をみたら泥棒と思え」と思うことが愚かなことでしょうか、そんなくだりから本書が始まります。
道端にある無人野菜売り場って日本独特のような気がします。おいてある野菜やおいてあるお金は「盗まれない」という前提で成立しています。
海外からきて「信じられない」と驚く人は少なくないです。
これは日本人が「人を信用して」いて、海外の人たちは「人を信用していない」ということなのでしょうか。
実は日本は関係性の安定からくる「安心」の上で社会を形成していて、「人を信用する」という傾向はむしろ欧米より低いということが著者を始めとした研究者たちの間で実験で示されているそうです。
本書は「信頼」というものを実験を通じて研究してきた内容を紹介しながら、社会にとって重要な役割を担っているということを導き出している本です。
人々が生活を営む上で「資本」という概念は不可欠です。
「資本」と聞くと、現金や不動産といった金銭的なイメージがありますが、外国語が話せるというような特殊技能をもった人たちは「人的資本」と「資本」の一部として理解することもできます。
本書では「関係資本」という言葉で、周辺環境やその環境との関連性も資本の一つとして捉える考え方が最初に紹介しています。
住んでいる街、働いている会社や職場などから多くの影響をうけているであろうことは、ふと思い出すと感じることができると思います。
その「関係資本」の一つとして「信頼」という要素を著者が取り上げ研究対象としています。
著者が紹介している実験はなかなか興味深いです。
・人を信用する意識が強い人ほど、相手がどういう人間か予測する能力が高い
・人を信用する意識が強い人ほど、人に騙されにくい
そんな傾向が実験結果としてでている、のだそうです。
ちょっと逆説的な話ですね。
そして日本は「人を信用する意識」より「安定した(変化の少ない)環境を作ることで”安心”を作り上げその上で生活している」というタイプなんだそうです。いわゆる「安心社会」です。
言われてみてなるほど、と思わされた点でした。
「安定志向」なんていう言葉をよく耳にします。
これは「安定」させることで「安心」を得たい「安心志向」でもあるのかな、と。
「若い人たちに公務員志向が増えている」というのももしかしたらそういうことの現れなのかも。
「出る杭は打たれる」という発想も「安定」すなわち「変化させない」ことで「安心」を得たいからなのかも。
「同調圧力」も同じように「安定」させたいのからかも。
いろいろと普段耳にする現象を照らし合わせると、なんとなく結びつきそうな気がしてきます。
「村八分」みたいな否定的な言葉にもあるように、環境を安定させてそこに人を当てはめることで安心を作ろうという「環境つくり」が主となる発想なのかもしれません。だから「集団的主義」というような性格になるのかも。
ここで露呈するのは「環境の変化」に弱いこと。長い期間デフレが続いたのも、実はデフレ状態で安定していたことに安住感があったから長く続いてしまったのかもしれません。
なので、昨今の為替変動、物価高といった急激な変化、ウクライナ情勢や北朝鮮、中国の動きのような変化あるいは激しい動きに対して、適応が遅い傾向にあるかもしれません。
一方で人を信用するとなると、環境を作るというより、1人1人の人となりを評価する技量を必要とします。本書の実験結果にもあるように、人を信用する傾向が強い人は人を見極めようとする技量も鍛えられるんでしょうね。
この場合、環境の影響は人の影響より軽微となるので、環境の変化には強いかもしれません。
また判断基準が「信用できるかできないか」ということであれば「自分と同じかどうか」ではないので、異なる価値観を受け入れることのハードルは「安心社会」と比較すると低くなりそうです。多様性の受容が進みやすいことが予想されます。
中公新書だけあって、内容は真面目で実験前提を丁寧に説明しているところなどは、少々面倒なところを感じるところもありますが、書かれている内容とその研究成果についてはとても興味深い内容ではないかという印象です。
私が運営しているシェアハウスの運営方針も無関係ではありません。
本書の観点でみると、ハイブリッド的な方針かもしれません。「安心」「信頼」両方を求めている感じ。
よく言えば欲張った狙いですし、悪く言えばどっちつかずの中途半端。
是非の評価はともかくも、複数の人があつまる社会の中で、その社会をどう育むのかという立場にたったときに、とても参考になる視点となりました。