48歳からの挑戦

47歳で脱サラ、48歳で起業したおじさんの奮闘ぶりをご紹介しています

東北乗り鉄の旅〜1日目三陸鉄道

いよいよ今回の旅のメーンイベントの一つ、三陸鉄道完全制覇の旅、です!

 

 

混雑を予想して30分前に駅につきましたが、案の定すでに列ができていました。窓際の席がとれるか、かなり微妙な人数^^;;

 

2両編成ということで駅員の方が4箇所の乗車位置を案内していて、乗り換え口に近い先頭車両に集中しないようにしていました。

 

私はとりあえず、と先頭車両に並びましたがこれが功を奏したことが乗車後判明しました。というのも、2両目が途中の宮古駅で切り離されてしまい、1両編成になってしまうからです。盛まで行きたい人は要注意。

 

待つこと10数分。お待ちかねの三陸鉄道が入線しました。お〜、ここにもゴルゴ13が!どうも2022年に三陸鉄道が海洋ごみ廃棄を減らそうという活動の一環で、ゴルゴ13とコラボしたらしい。

 

側面にも堂々とゴルゴ13が(笑)

 

車内はこんな感じです。ボックスシートなんですが、座り心地がよく、この後4時間半揺られるのですが、だいぶ負担軽減になっていました。

 

トイレもついているのが安心(^^)

 

いよいよ出発です。駅員さんが大漁旗を振りながらお見送り。

 

さて三陸鉄道は、久慈駅盛駅の間163kmを結ぶ日本最長の第三セクターです。国土交通省監修の鉄道要覧には、久慈ー宮古北リアス線宮古ー釜石をリアス線、釜石ー盛を南リアス線と記載されているそうです。

 

(画像:三陸鉄道ホームページより引用)

 

というのも、リアス線として一本化するまでに様々な歴史があったからなんです。

 

まず北リアス線

 

宮古と田老の間に1972年2月国鉄宮古線が、久慈と普代の間に1975年7月に国鉄久慈線がそれぞれ開業するのですが、1980年に制定された国鉄再建法により、第1次特定地方交通線に指定され1981年に廃止が決定、田老と普代の間をつなぐ工事が始まっていたのですが中断に追い込まれます。

 

そこに岩手県が中心となって立ち上げた第三セクター三陸鉄道」(現在も岩手県が47%ほどの株式を保有しています)が引き受けることが決まって工事が再開され、1984年久慈ー宮古が繋がって国鉄から三陸鉄道に移管されました。間の駅が順次新設されていきます。

 

次に南リアス線

 

1970年に盛線として、盛と綾里(りょうり)間が開通し、1973年には吉浜まで延伸されますが、国鉄再建法で宮古線、久慈線同様第1次特定地方交通線に指定されてしまい、吉浜から釜石の延伸工事が中断されますが、三陸鉄道が引き受けることが決まって工事が再開され、1984年に北リアス線とともに国鉄から三陸鉄道に移管されます。

 

そして真ん中のリアス線。

 

元々は国鉄山田線として盛岡と宮古を結んでいた路線が釜石に延伸したのがこのリアス線の始まりです。1935年に宮古からの延伸が始まり、まず陸中山田まで伸び、順に延伸して1939年に釜石まで伸びます。

 

そして2019年に三陸鉄道移管区間に対する地域公共交通活性化再生法に基づく鉄道事業再構築実施計画が認定され、三陸鉄道に移管されます。

 

これまでに台風や地震など幾多のトラブルに見舞われてきましたが、ご存知のように2011年の東日本大震災では全線不通となり、一部の駅が流出するといった大被害を受けます。

 

その後関係者の並々ならぬ尽力で復活を遂げたことは多くの人の知るところとなっています。

 

2013年のNHK朝ドラ「あまちゃん」の舞台にもなりました。

 

 

 

さて、列車に乗り込んでなんとか窓際の席を確保。お向かいにはご年配のご夫婦がいらっしゃり「長い旅ですから、よろしくお願いします」とご主人がご挨拶してくれました。その後のやりとり(^^)

 

私:どちらまで乗車されますか?

ご主人:盛まで

私:あ、私もです!盛からどちらへ?

ご主人:気仙沼まで行こうとおもってます。

私:え、私もです!ということは気仙沼に宿泊ですよね。私、パールシティー気仙沼というホテルに泊まるのですが・・・

ご主人:我々もです(^^)

 

なんという偶然(笑)

 

そして次にご主人から出てきた言葉は「じゃ、気仙沼で飲みましょう!」(笑)

 

いやはや、こんなこともあるんですね。

 

こちらは野田玉川駅堀内駅の間にある安家川(あっかがわ)の河口付近です。鮭が遡上する川として有名らしく、上流でイワナや鮎が生息している清流とのこと。

 

堀内駅です。ここは「あまちゃん」のロケの舞台になったところで、番組では「袖ヶ浜」という駅名だったようです。

 

ちゃんと袖ケ浜駅の看板もありました(^^)

 

奥のトンネルに向かって駅の端から橋本愛さん演じるユイちゃんが「アイドルになりたーい」と叫ぶシーンがありました。

 

列車も記念撮影をする時間をとってくれてしばらくここで停車してくれました。

 

大沢橋梁にかかる、高い鉄橋です。反対側の海の景色も抜群でこの赤い橋から撮影する三陸鉄道の写真がよくネットにでています。

 

奥に見えるのは東日本大震災以降に設置された巨大な防波堤。川には水門が設けられていました。三陸鉄道からはよく見える光景の一つです。

 

宮古駅に到着。北リアス線はここで終了。事前アナウンスがあったように、ここで2両目の切り離し作業をします。

 

切り離した様子を撮影するなんて、どんだけテッチャンなんじゃ・・・

 

八戸に入ってから雪国らしいどんよりした曇り空でしたが、宮古を過ぎてから天気がよくなってきました。海の眺めもまた気持ちいいです。

 

途中吉里吉里(きりきり)という駅がありますが、ここは作家井上ひさしが書いた小説「吉里吉里人」の舞台となったところ。浪人時代に一人旅をしたときにこの駅で降り立ちました。当時10歳くらいの子どもたちと一緒に記念写真におさまりましたが、その子達ももう50歳前後かぁ。。。昔の駅舎はすっかりなくなりましたね。

 

また、この近くの砂浜は「鳴き砂」といって、当時は足を入れるたびに「キュッ、キュッ」と音がしたのですが、東日本大震災津波でいろいろなものが混ざってしまって音が鳴らなくなったそうです。

 

この地域は何度も津波の被害をうけているから、数十年とかたったらきれいになってまた鳴り出すかもしれません。

 

釜石の手前の鵜住居(うすまい)駅に見えたラグビー場。そう、ここはワールドカップが開催されたスタジアムです。

 

釜石の駅につくと、大きな工場の煙突から煙がもくもくと出ていて、元気に活動している様子が伺えます。

 

途中のトンネルで列車が何度も警笛をならしていて、何事かと思ったら、どうも鹿がいたらしい。トンネルをでるとなんと4匹もいました(笑)

 

恋し浜駅です。元々は小石浜駅という表示でしたが、2009年に改称。ホタテの産地として有名です。ここのホタテは以前三陸ビールのイベントでテナントが出たときに食べましたが、めっちゃ美味しかったです!

 

すでに日が暮れてきたこともあって、ここでの停車はなかったですね。幸せになる鐘もあったんですが(^^)

 

4時間半の旅も盛に到着して終了。

 

いや〜なかなかな旅でした。乗り鉄が好きではありますが、さすがに4時間半は長いですね(笑)とはいえ、ご一緒されたご夫婦のおかげもあり、とても楽しい旅でした。

 

三陸鉄道は海岸を走るイメージが強いですが、実はトンネルがかなり多いです。印象としては3〜4割はトンネルじゃないかなぁ。

 

なので、居眠り、読書もロングランでの楽しみ方の一つかもしれません。