48歳からの挑戦

47歳で脱サラ、48歳で起業したおじさんの奮闘ぶりをご紹介しています

余裕

毎週訪問している実家からの帰りは、だいたい週末の昼下がりになることが多いです。

 

帰宅する際、最寄りの駅は私鉄沿線なのですが、足腰へ刺激を与えるため、25分離れたJRの駅まで歩くようにしています。

 

その駅はありがたいことに始発電車があり、帰宅する日中の時間は20分に1本の割合で運行されています。

 

神奈川県方面からの電車は日中でも5分に1本の割合で入線してきます。

 

 

いつものように駅につくと、神奈川県方面から電車が入線してきました。週末の日中でもまずまず利用者がいるので、できれば始発で座っていきたい所。

 

でも始発までは2本やり過ごすことになります。

 

待ち時間として10分。

 

さあ、どうするか・・・

 

昔の自分なら、躊躇なく入線してきた電車に乗り込んでいました(^^)

 

2本もやり過ごしてまで始発に乗ろうなんて感覚自体もなかったです。

 

 

 

今はその後の予定に影響がない限り、2本待って始発にのり座って読書するようにしています。

 

時間が無駄じゃないかって?

 

確かに10分早く帰宅できるわけで、その10分を帰宅後に活かせることは可能です。

 

ただ神奈川県方面から入線してくる電車には、それなり乗客がいて、しかも乗車駅からもまずまずの人数が乗り込むので、それなりに混んでいて、重たいリュックを前にぶらさげてなにもできない、なんてこともよくあります。

 

乗車時間は30分弱。

 

10分早く着く代わりに30分何もできないのは、ちょっともったいない。

 

それなら、10分待って確実に座って読書できれば、待っている10分の間も読書できるので、40分読書にあてられるわけです。

 

なので、時間の活用、という観点でいえば2本やり過ごしても始発電車に乗る方が有益に思われます。

 

気持ちにも余裕が生まれて、10分遅く帰宅すること自体何も気になりません。

 

 

 

時間に追われていたときは、こういう発想はなかったなぁ。

 

少しでも早く移動して次の行動へ、という状況ばかり。

 

電車は来た電車にのる。

 

発車ベルがなれば走って乗る。

 

信号は点滅でも走って渡る。

 

車を運転しているときは割り込みさせない。

 

ちょっとでも手に入れた時間は渡さんぞ、みたいなケチ臭さ満載でした^^;;

 

 

 

今から思えば、ほんと余裕がなかったんですね。

 

ある時、発車ベルがなっている電車に乗ろうと駅を走っていたら、持っていた空のキャリーケースが前を走っていた男性の足にひっかかって、その男性が倒れてしまったことがありました。

 

かなり痛がっていたので、駅員を呼んで駅舎に運んでもらい、お互いの連絡先を交換、医療費が発生した場合はお支払することを約束してその場は終わりました。

 

後日連絡がきて、膝を骨折していたことが判明。医療費をお支払いしたことはもちろん、菓子折りを持って何度かお詫びに伺いました。

 

ほんの数分をケチろうとしたため、私以外の人もまきこんで大きな損失を生んでしまった軽率さに、ものすごく自己嫌悪を感じました^^;;

 

この痛い体験が大きなきっかけになって、

・発車ベルがなっている電車はやりすごす

・信号が点滅していたらあきらめる

・運転していて歩行者がいたら譲る

・車線変更の車がきたら譲る

 

と一歩引くようになりました。

 

するとその場においてイライラすることが減りました(^^)

 

 

 

私のような人間は、時間的余裕がないと失態をするおそれが多分にありそうなので、スケジュールを”詰める”ということはできるだけやらないようにしています。

 

その分1つ1つのことに可能な限り集中できるようにもなってきました。

 

 

 

もう会議(しかも私以外の人が設定する)に追われるサラリーマン時代の生活はできないなぁ(笑)