先日久しぶりに図書館の予約システムを使いました。そのときに借りたのがこちら。
家入一真さんは、知る人ぞ知る起業家で、paperboy&co.(現GMOペポパ)、CAMPFIRE、BASEと3つも上場させたツワモノです(^^)
私の主業であるシェアハウスの世界でも「リバ邸」というシェアハウスを運営していて、その業界でももちろん知られた方です。
知人から本書の紹介があり、手にしてみました。
本書は2017年に出版されているので、スピード第一のベンチャーで活躍している人たちにとっては、8年前って”大昔”の世界かもしれません(笑)
ま、それでもどんなことを考えていたのかを、ほんのちょっと覗ければいいかな、くらいの感覚で手にしました。
文字間隔もあるし、読みやすい文章でもあるので、図書館から借りてきた当日に読了してしまいました^^;;
8年前の本だけど、自分の頭の中でもやもやしていることを言語化することをいろいろ助けてくれました。
資本主義の行き過ぎ
そうそう、私が違和感を感じていた感覚がまさにこういうこと。
決して資本主義を否定したいのではないけど、なんかもやもやしていたのは、これ。
本来、技術や産業の発展で実際の需要(実需:つまりニーズ)が増えていって経済が成長していくのは、ある意味健全な姿。
ところが金融工学が導入されてきて、投資目的のお金が入ってきて、しかもそれがものすごい量でものすごいスピードで入ってきたものだから、ばらつきも半端ない。
(昨今のトランプの発言で株価が動きまくるのはいい例)
そして価値観が偏ってきました。
結果的にお金とステータスを得た人が幸せ、という”幸せ基準”がそこに偏ってしまったこと。
小さな経済圏
かつては”大きい経済圏”で必死に働ければ、給料が上がって、家が買えて、幸せになるという路線があったのですが、成熟してくると、必死に働いても給料が上がらないどころか職を失うこともでてきました。
多くの富がほんの一握りの個人、集団に集まるようになって、富が分配されにくくなった構造も要因かもしれません。
心も身体もボロボロになって働くのが果たして幸せか?という疑問符が生まれてきます。
そんなときに、日本で言えば昔の”向こう三件両隣”ではないですが、もっと狭い範囲で生活の経済圏を形成することで、”生きたいように生きていく”要素をあげていく生き方が注目されてきます。
そこでは”大きな経済圏”での価値観は関係ありません。
売上をあげなければいけない、わけではないし、利益を大きくしなければいけない、こともない。
どんな充実した時間を過ごすか、ということが受けいられる余地が生まれる可能性をもった魅力。
それが小さな経済圏。
決して、大きな経済圏より小さい経済圏がいい、ということは言っていません。
大きな経済圏の中で当たり前とされていた価値観から抜け出てもいいという選択肢があるんだよ、という話。
著者の家入一真さんは、「弱い立場にある人」をいつも考えているそう。
いじめにあって不登校になった経験が、そういう人たちに目を向けるようになったのでしょうか。
弱い立場にある人たちが、社会の構造に萎縮しないで行動できる環境を作りたい、と。
私の勝手な印象ですが、深い愛情を持てる人なんだろうなぁ、と。
先日読んだ「遊びと利他」で紹介した”自利利他”をこの人は実現しているのかもしれません。
そしてそれを事業として成り立たせているんですね。
「考えるより行動」とはベンチャーに限らずよく聞くフレーズです。
確かにあれこれ考えるより行動をして、その結果をうけて次の行動を決めていくというスタイルは、自分を発展させていくには必要不可欠だと思います。
ただ思うに、それを可能にするのは「自分に対する信頼」ではないかなぁ、とふと感じました。
不登校って、社会と隔絶して自分を守る行動だと思いますが、社会と隔絶してでも自分を大切にしようという勇気でもあるように思います。
社会と隔絶することを意識的あるいは潜在的におそれ、自分のある部分を犠牲にして社会に残ることを選択したものの、その犠牲が大きすぎて自分を守れなかった人もいたのでは、と推察します。
私もこれまで社会と隔絶を恐れていたのかも。。。
著者はこの本では書き表せきれないほど苦労や辛いことはきっとあったと思いますが、それは知るよしもありません。
ただほんの上澄みに触れただけですが、考える材料をいただいた気がします。
