亀山宿から関宿にたどり着いて驚いたのは、かなり大規模に古い街並みの景観を保っていたこと。
関は「古代三関(さんげん)」の1つとされていて、遠くは天武天皇の時代に設置された関の一つで鈴鹿関と言われていたそうです。
琵琶湖の北側に設置され湖の西、すなわち湖西の通路を守った愛発関(今の敦賀市あたり)、琵琶湖の東側に設置され、湖東の通路を守った不和関(今の不破郡関ケ原町あたり)、そして琵琶湖の南側に設置され、旧東海道通路を守った鈴鹿関、という3つの関です。
旧東海道の宿場町の中で唯一歴史的な町並みを残していることから、昭和59年に、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されているそうです。範囲は、東西追分の間約1.8kmにおよび、江戸時代から明治時代にかけて建てられた古い町家200軒あまりが残っています。
(関宿を歩くより引用)
関の公式ページにはこんなマップがあります。
(引用元:https://www.city.kameyama.mie.jp/docs/2014112312294/file_contents/sekijuku.pdf)
こちらが公式ホームページになります。
このマップを事前に知っていたらそれぞれで写真撮ったんだけどなぁ(^^)
以下私がとった写真を掲載してみます。数字は先程のマップにふれた番号です。
1 東追分
前回も掲載した一里塚のあったところです。
2 御馳走場跡
関宿には大名を送迎する御馳走場が4箇所あったそうです。
4 百五銀行
11 伊藤本陣跡
12 橋爪家。両替商として賑わった豪商だったそうです。屋根の三角が道路側に向いているのは珍しいのだそう。
14 高札場
関宿のほぼ真ん中に位置していて今は郵便局があります。
15 福蔵寺 小万の墓
前回のウォーキングで紹介した小萬(父の仇討ちを果たしにきた)の墓があるそうです。
18 地蔵院
この建物の正面にお地蔵さんがいらっしゃいました。国指定文化財で、741年行基菩薩の開創といわれているそうです。
21 西追分
こちらが関宿の西の出入り口。
とても見ごたえのある街並みでした。この日は雨が降っていて、しかも先を急ぐ行程だったのでゆっくりと見ることができず残念。。。
旧東海道の中で一番見応えのある街かもしれません。
できることならもう一度時間をかけてゆっくりと歩いてみたいです。
近隣にホテルはないので、こちらのゲストハウスの利用になるかな。
さてさて、余談ですが、亀山から京都に向かうルートでこの後鈴鹿山脈を突き抜ける峠越えになるので、コンビニの位置を確認しておりましたが、もう一つ大事なことが。
「公衆トイレ」
コンビニがあればそこで利用できるのですが、コンビニがないということはトイレもない。
今回歩いて気づきましたが、ホント、トイレ、ないです(笑)
この関宿には公衆トイレが足湯施設にあります。ここから先の峠越えで全然ないので、ちゃんとここで済ませることを強くおすすめします(笑)
わたしはたかをくくってそのまま歩いていってしまい、途中なかなかきつかったです(^^)
この先の坂下宿と土山宿の間でやっと見つけました。西追分を出てから2時間半^^;;