先日、金子哲雄氏の『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』を読みました。
友人から勧められてお借りしてから長いこと積ん読になってしました^^;;
まず驚いたのは、この本が亡くなる直前まで書かれていたという事実です。
内容は非常に冷静で、構成もしっかりしており、とても死の間際に書かれたものとは思えませんでした。
むしろ、限られた時間の中で言葉が研ぎ澄まされているように感じました。
読み進める中で強く印象に残ったのは、著者の“徹底ぶり”です。
自分の死後を見据えて葬儀の準備まで自ら行う終活の姿勢。仕事への尋常ではない打ち込み方。若い頃から自分の生き方を考え続けてきたこと。
そして、「人に喜んでもらいたい」という思いを最後まで貫いている点です。
正直なところ「ここまでできるだろうか」・・・
ん〜〜、自分には同じレベルで徹底する自信はありません。
むしろ、今の自分は仕事から少し距離を取りたいと感じているくらいです。
年齢もそれほど変わらないのに、自分はこれまでどれだけ深く考えずに過ごしてきたのか、と考えさせられる部分もありました。
ただ一方で、この本を読んでいて思ったのは、「同じように生きる必要はない」ということです。
大切なのは、誰かの生き方をなぞることではなく、自分はどう生きたいのかを考えることなのだと思います。
自分は会社を辞めて独立しました。
経済的には正直なところ楽ではありません。
しかしその分、日々の充実感は以前よりもはるかに高いと感じています。
しっかり食事をとり、十分に睡眠をとり、できれば死ぬ直前まで走り続けられるような健康な生活を送りたい。そういう生き方を望んでいます。
一方で、著者のように「世の中にどう貢献するか」という視点は、自分にはまだ弱いとも感じました。
というかどうもそういう”タマ”ではない^^;;
ただ、「世の中」という大きな単位ではなく、「周りの人」に対して何かできればよいのではないか、という感覚もあります。
では、自分にとって理想の関係とは何かと考えてみました。
お互いに信頼をおきながら、ほどよい距離感を保てる関係。
そして、月並みですが自分が関わる人が笑顔でいてくれること、これが自分にとっての一つの理想なのだと思っています。
近すぎず、遠すぎず、無理をしなくてもいられる関係。
そのような場をつくることが、自分にとっての価値なのかもしれません。
著者のように「世の中」を相手にする生き方ではないかもしれませんが、「目の前の人」に対して安心できる関係や空間をつくることも、一つの貢献の形になりうるかな。。。
この本を通じて改めて考えたのは、「どう生きるべきか」ではなく、「自分はどう生きたいのか」という問いでした。
還暦目前にしてどう生きるか暗中模索ですが、こういった本を読むことで自分の生き方を改めて意識し、なにかしら言語化するきっかけになります。

