今回の読書会課題図書は 寺田倉庫の改革でおなじみの中野善壽氏の人生哲学的な書「ぜんぶ、すてれば」です。
中野氏は伊勢丹入社後マミーナという子会社で社会人のスタートを切り、退職後鈴屋へ。
そこを退職して台湾に移住して台湾企業でCOOに。
後に寺田倉庫の社長に就任してT.Y.HARBERなど天王洲を一変する改革をした後寺田倉庫を退き、2019年に東方文化支援団体を設立して代表理事に就任した、という人物。
「自分のことを自分で書くのは好きでない」という本人の意向を組んでインタビュー形式でライターが文字に起こして書籍化されたようです。
本書を読んで、「自由でありたい」が中野氏のぶれない軸なのかな、というのが私の印象でした。
本書のカバーにも
今日の自分を妨げるものは
ぜんぶすてて、
颯爽と軽やかに、
歩いて行こうじゃありませんか
とあります。
まさにこれが本書の要約のような気がします(^^)
生きていれば大小様々な課題に、いつでもぶちあたります。
その課題にがっちり正面向いて取り組んで克服すると、そこには成長した自分がいます。
でもいつでもそう簡単に課題を克服できるわけでもありません。
もしかしたら正面向いてがっぷり四つでは克服できなさそうなことも。
そんな時にこの本は、それまで盲目的だったこと、気づいていなかったこと、思いもよらなかったことを知らしめてくれる言葉がたくさん示してくれています。
一つのキーワードが「しがらみ」でしょうか。
それは自分自らが固執することで生ずる「しがらみ」も、相手からからめられる「しがらみ」も含めて、です。
情報過多、早い変化の中で「どんな知識をもち、いかなる力をみにつけなければならないのか」という問いに対し、本書の冒頭でこんなふうに語っています。
何も、必要ありません。
ぜんぶ、捨てればいいんですよ。
(中略)
何も持たないからこそ、
過去に縛られず、未来に悩まず、
今日を大切に生きることができます。
自分の人生をこれまでを見るに、「捨てる」ことによって自分の可能性が広がり、現実になってきたことを感じます。
見方を変えれば40数年、「持つ」ことによって自分を保ちつつ自分を苦しめていたことに気づきました。
なのでここに書かれていることは、今自分ができていること、できていないこと含め共感するところがたくさんあります。
ただ一方で中野氏でも捨てていないものがあるな、と思ったのは「家族」。
本書では中野氏の生き様を一部垣間見ることができますが、家族についての姿勢や考えはほとんど登場しません。
家族に関わる話は、夫婦感として「高め合う関係でなくなったら、離れたほうがお互いのため」という記載と、お子さんが泣くまで遊び相手していた、という記載くらいです。
中野氏にとっては「家族」は「持つもの」ではなく「そこに自分がいる」という感覚なのかもしれません。
だから「家族」とは「持つ」とか「捨てる」とかいう概念の外にあるコミュニティーなのかも。
天王洲アイルをアーティスティックな空間にしたり、おしゃれないでたちといい、自分の信念を曲げない自分へのこだわりといい、中野氏にはアーティスト的な側面を感じますが、小さい頃に育ててもらった祖母に生花をおしえてもらっていたそうです。
本人の天性もあるかと思いますが、そういったきっかけもこの方の思考や嗜好に少なくない影響があったものと想像します。
読書会では、「自分の感性には執着しているけど、それ以外のことには全然執着していないという生き方」なのかなぁ、なんていう見方がありました。
個人的には、この本を読んで生き方を学ぶというのではなく、自分がいろいろな体験をしてきた上でこの本に共感する、というような存在であるといいなと思いました。
たくさんの失敗や後悔があるからこそ理解できることってたくさんあると思います。
そういう自分の体験があればあるほど、この本が味わえる、そんな印象を持ちました(^^)
どうでもいい個人の話ですが、大福好きと空海に造詣が深いところに、大福に目がなく、最近空海の本を読み始めた私としてはちょっと嬉しい気持ちになりました(笑)