今回読んだ本はこちら。
おそらく中学生になって以降初めて詩集を読んだかもしれません。
それくらい詩集というものを手にしなかった私。
きっかけは、先日ここで紹介した「百冊で耕す」を読んだこと。
自分の知らない世界にとにかくふみこんでみよう、と。
なぜこれまで詩集を読まなかったのか。
恥ずかしながら読んでてよくわからなかったんですね。
詩集に込められた思いを感じ取る感性に乏しい、としかいいようがないです。
短歌、和歌、そういった古くからある”詠(うた)”はいうに及ばず。
なので詩集を読むのは私にとっては、ある意味”冒険”でもありました(^^)
無防備で読んでもちんぷんかんぷんではもったいないので、NHKオンデマンドの「100分de名著」で一度予習をしました(^^)。
「100分de名著」では、作者の金子みすゞさんの生い立ちについて解説があり、これが詩集を読むときにとても役に立ちました。
Wikipediaなどでも簡単に検索できるので、興味のある方はそちらをご覧いただくとよいかと思いますが、かいつまんでみると、
・山口県で日本海側に面した漁師町の出生
・幼くして父を亡くし、弟が母方の叔母宅に養子にだされ、その叔母が若くして無くなったため、母がその後妻にいってしまう。
・母の再婚で一緒に下関で暮らすことになる。
(1900年ころの下関は交易で栄え、大都会だったそうです)
・母が嫁いだ叔父の経営する文具店の番頭と結婚する
・しかし夫は嫉妬深くみすゞの創作活動を禁止する
・おまけに夫は遊郭で遊び呆けて、みすゞに性病を移してしまう
・みすゞは1人娘と家を飛び出し離婚が成立するが、夫が親権を強硬に主張
・心身ともに疲れたみすゞは自ら命を断つ。享年28歳。
これだけでもかなり壮絶な人生を歩んできたことが想像されます。
金子みすゞの詩でおそらく最も知られているのは「こだまでしょうか」ではないでしょうか。
2011年の東日本大震災の後、テレビの広告がほとんど政府系に切り替わったときに、よく流れていました。
「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。
「馬鹿」っていうと
「馬鹿」っていう・
「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。
そうして、あとで
さみしくなって、
「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。
(金子みすゞ名詩集より引用)。
この「こだまでしょうか」を含めて、詩集に収められたそれぞれの詩を読んだ自分の気持ちを言語化できるレベルではないのですが、ふ〜っと風景が浮かんでくるように感じました。
なんでしょう、優しさ、寂しさ、といった感情を感じたように思います。
そして次に読んだときにどう感じるだろう、と思いました。
長い小説とは違って、手に取るとすぐに読むことができる、そんな手軽さが良さの一つなのかもしれませんが、言葉が少ない分言葉の裏や隙間にある風景や色や音や臭いなどを頭の中で想像することに、小説よりもエネルギーを必要かも。
少なくとも私には^^;;
金子みすゞのふるさとは今の山口県長門市仙崎。
記念館もあるようです。
この詩集をもって、この地で読んだらどんな感情がわいてくるのだろう、と気になります(^^)

