今回読んだ本はこちら。
先日「日輪の賦」を読み終えた後、「桓武天皇の時代あたりの小説を」ということで選びました。
永井路子の”平安朝三部作”(※)と呼ばれている作品で、最も時系列的には古い時代を扱った作品です。
(※)三部作は他に、「この世をばー藤原道長と平安王朝の時代」「望みしは何ぞー道長の子・藤原能信の野望と葛藤」です。
藤原家は乙巳の変で蘇我氏を倒した中臣鎌足あらため、藤原鎌足を祖とし、その息子藤原不比等の娘宮子が文武天皇の夫人に入ったことから力をつけ始めます。
藤原不比等の子供4人が南家、北家、式家、京家として権力争いをすることになります。
その中で北家の祖となったのが房前でその孫である内麻呂の次男が冬嗣です。
ちなみに南家の祖武智麻呂の息子の1人が、孝謙天皇との確執で乱を起こした藤原仲麻呂です。(澤田瞳子「孤鷹の天」に登場します)
本書は桓武天皇が即位する前後あたりから、後の平城天皇、嵯峨天皇にいたる時代、すなわち平安時代の初期が舞台になっており、藤原冬嗣は嵯峨天皇の側近として権力のトップに上り詰めた人物です。
桓武天皇という絶対的な存在を軸に、支援する皇族の背後でうごめく藤原4家の権力争い、そしてその権力争いの脇からダークホースのようにするすると表舞台に表れて活躍する冬嗣の人生が実にたくみに描かれています。
天智天皇以来天皇中心の中央集権体制を目指すことで唐に負けまい、と国造りを進めてきたことから、天皇は絶対的存在であり、今で言えば独裁者そのものといっても過言はなかったかもしれません。
そのため、権力争いで皇族内でも怨念と殺戮がくりひろげられます。
絶対的な存在であった桓武天皇。
その天皇”独裁”体制に終止符をうったのが本作品の主人公藤原冬嗣で、そのスターターとなった嵯峨天皇からは、象徴的な存在という性格が強くなったそうです。
この後再び天皇が前面に立って政治を行うとするのは、そこから260年あまり後の白河天皇くらいまでなかったかもしれません。
ある意味その後の政治体制の礎を作ったともいえる冬嗣。
優秀で後の平城天皇の右腕となる兄真夏や、政権の中枢にあがった父内麻呂との”心の中の会話”のやり取りを通じて、冬嗣の非凡さを感じられるような描かれ方がされています。
永井路子の作品で以前読んだ「美貌の女帝」も主人公である元明天皇の”心の声”が作品に味わいを与えていた印象があります。
永井作品は、人の心のゆらぎや絡みを、実にうまく表現していて、それでいて現代の感覚にも通ずるところがいろいろあり、読んでいてどんどん引き込まれていきます。
それにしても、自分の奥さんが天皇にとられて、「これで出世できるぞ」と喜ぶ感覚はなかなか、現代の我々には理解が難しいかもしれません(笑)
皇族内でも驚くくらい血縁が近いところでの婚姻もかなりあって、母違いの兄妹なんていうこともざらです。
それだけに、姻戚関係とそれにまつわる権力構造も複雑になり、様々なドラマを生む土壌ともいえるかもしれません。
本作品の副題にある「千家花ならぬはなし」は「花の溢れぬ家はない」、すなわち穏やかな時代を象徴する表現の一つであり、今の時代だからこそ心に響く一節かもしれません。


